はじめに:数字の裏にある真実
2026年3月16日、厚生労働省から発表された介護福祉士国家試験の結果が、介護業界と外国人雇用に関わる多くの関係者に衝撃を与えました。
経済連携協定(EPA)に基づいてインドネシア、フィリピン、ベトナムから来日した外国人受験者の合格者数は380人。前年度の498人から24%も減少し、合格率も31.8%とEPA受験開始以降最低を記録したのです。
この数字だけを見れば「外国人介護士が減っている」と結論づけたくなるかもしれません。しかし、現場の実態はもっと複雑で、むしろ日本の外国人材受け入れ政策が大きな転換期を迎えていることを示しているのです。
本記事では、行政書士としてビザ申請・在留資格手続きに携わる立場から、このニュースが持つ本当の意味を解説し、企業と在日外国人双方にとって必要な対応策をお伝えします。
EPAとは何か:制度の基本を理解する
EPAの基本的な枠組み
EPA(Economic Partnership Agreement:経済連携協定)は、単なる貿易協定ではなく、人の移動も含む包括的な経済協定です。日本はインドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国とEPAを締結し、介護福祉士候補者や看護師候補者の受け入れを行っています。
EPA介護福祉士候補者のキャリアパス
EPA介護福祉士候補者として来日した外国人は、次のようなプロセスを経ます。
- 来日前研修:母国で日本語と介護の基礎を学習
- 来日後研修:約6ヶ月間、日本国内で集中的な日本語・介護研修
- 就労開始:介護施設で実際に働きながら学習継続
- 国家試験受験:通常3〜4年の就労後に介護福祉士国家試験に挑戦
- 資格取得後:介護福祉士として在留資格変更、長期就労が可能に
このように、EPAルートは非常に時間をかけた人材育成プログラムなのです。
EPAのメリットとデメリット
メリット:
- 国の制度として安定性が高い
- 段階的な教育・育成が可能
- 国家資格取得者として高い専門性
デメリット:
- 受け入れから戦力化まで時間がかかる
- 施設側の教育体制・サポート体制が必要
- 試験不合格の場合の対応が課題
なぜ合格者が減少したのか:3つの要因分析
要因1:特定技能制度の拡充
2019年に創設された「特定技能」制度は、介護分野でも急速に拡大しています。EPAと比較して以下の特徴があります。
- 来日までの期間が短い:EPA候補者のような長期研修が不要
- 即戦力として配置可能:一定の日本語能力と介護技能があれば就労開始
- 柔軟な人材確保:施設側が必要な時期に必要な人数を採用しやすい
厚労省担当者が指摘したように、この特定技能制度の利用者増加が、EPA受験者減少の主要因と考えられます。
要因2:試験難易度と日本語の壁
介護福祉士国家試験は日本人にとっても容易ではありません。外国人にとっては、専門用語を含む複雑な日本語を理解し、正確に答える必要があります。
合格率31.8%という数字は、日本人受験者の合格率(例年70%前後)と比較すると、言語の壁がいかに高いかを物語っています。
要因3:コロナ禍の影響の長期化
パンデミックによる来日制限や研修体制の変化は、候補者の学習環境に大きな影響を与えました。その影響が、今回の試験結果にも表れている可能性があります。
在留資格制度の全体像:EPAだけではない選択肢
外国人が日本で介護職として働くためには、複数のルートがあります。それぞれの特徴を理解することが、企業にとっても外国人材本人にとっても重要です。
1. EPA(経済連携協定)
前述の通り、長期育成型のルートです。国家資格取得後は「介護福祉士」の在留資格を取得でき、更新制限もなく安定的に就労できます。
2. 特定技能1号(介護)
- 在留期間:最長5年
- 要件:介護技能評価試験+日本語試験合格
- 転職:同一業種内で可能
- 家族帯同:原則不可
即戦力として期待できる一方、在留期間に制限があります。
3. 技能実習(介護)
- 在留期間:最長5年
- 目的:技能移転(国際貢献)
- 転職:原則不可
- 家族帯同:不可
技能実習は「人手不足対策」ではなく「技能移転」が建前のため、制約が多いのが特徴です。
4. 在留資格「介護」
介護福祉士養成施設を卒業し、国家資格を取得した外国人が対象。在留期間の更新制限がなく、最も安定した在留資格です。
5. 身分系在留資格(永住者・定住者・日本人配偶者等)
これらの在留資格を持つ外国人は、就労制限がないため、介護職にも自由に就くことができます。
企業が知っておくべき外国人材採用戦略
自社に合った制度の選び方
介護施設の経営者・人事担当者は、以下の視点で最適な制度を選択する必要があります。
長期育成型を望むなら:EPA・養成施設ルート
- じっくり人材を育てたい
- 教育体制が整っている
- 国家資格保有者を確保したい
即戦力が必要なら:特定技能
- 早急に人手が必要
- 一定の経験・技能を持つ人材がほしい
- 5年以内の雇用を想定
技能移転の意義を重視するなら:技能実習
- 国際貢献の側面も重視
- 長期的な関係構築を目指す
受け入れ体制の整備が成功の鍵
どの制度を選んでも、受け入れ体制の整備は不可欠です。
- 日本語サポート体制:業務指示・記録が正確に理解できるように
- 文化的配慮:宗教・食習慣への理解と配慮
- メンター制度:日本人職員によるサポート体制
- キャリアパス提示:将来の展望を示すことがモチベーション維持につながる
- 法令遵守:労働法規・在留資格管理の徹底
よくある失敗パターン
ケース1:在留資格の理解不足
技能実習生を「人手不足対策」として採用し、転職を制限していることへの不満からトラブルに発展。
ケース2:サポート体制の不備
言語・文化サポートが不十分で、外国人職員が孤立。早期離職につながる。
ケース3:ビザ更新手続きの遅延
更新手続きを怠り、不法就労状態に。企業側も罰則対象になるリスク。
在日外国人が知っておくべきキャリア戦略
国家資格取得のメリット
介護福祉士の国家資格を取得すると、次のような大きなメリットがあります。
- 在留資格「介護」への変更が可能:更新回数制限なし
- 給与・待遇の改善:資格手当や昇進の機会
- 転職の選択肢拡大:より良い条件の施設への転職も可能
- 永住許可申請の有利性:専門職として評価される
試験不合格だった場合の対応
EPA候補者として来日し、国家試験に不合格だった場合でも、いくつかの選択肢があります。
選択肢1:特定技能への在留資格変更
要件を満たせば、特定技能1号(介護)への変更が可能です。これにより最長5年間の就労継続ができます。
選択肢2:再受験を目指す
一定の条件下で、在留期間を延長して再挑戦することも可能な場合があります。
選択肢3:帰国して再来日
特定技能として新たに来日する方法もあります。
在留資格変更時の注意点
在留資格を変更する際は、以下の点に注意が必要です。
- 申請タイミング:在留期間満了の3ヶ月前から申請可能
- 必要書類の準備:雇用契約書、資格証明書類など
- 審査期間:通常2週間〜1ヶ月程度
- 不許可リスク:条件を満たさない場合は不許可の可能性も
こうした手続きは複雑で、専門家のサポートを受けることをお勧めします。
今後の展望:外国人介護士はどうなるのか
介護人材不足は深刻化の一途
日本の高齢化は今後さらに進み、2040年には介護職員が約69万人不足すると推計されています。外国人材への依存度は、今後も高まることは確実です。
制度の更なる柔軟化が予想される
政府は外国人材受け入れ制度の見直しを継続的に行っています。特定技能2号の対象拡大や、技能実習制度の見直しなど、より柔軟で実態に即した制度への移行が進むでしょう。
多文化共生の介護現場へ
今後の介護現場は、日本人と外国人が協働する多文化共生の職場になっていきます。言語・文化の違いを乗り越え、互いに尊重し合う環境づくりが求められます。
当事務所ができるサポート
企業向けサポート
1. 在留資格制度のコンサルティング
貴社に最適な外国人材受け入れルートをご提案します。
2. ビザ申請代行
就労ビザ、在留資格変更・更新の申請を代行し、確実な許可取得をサポートします。
3. 受け入れ体制構築支援
法令遵守の体制づくりから、トラブル予防まで総合的にサポートします。
外国人個人向けサポート
1. 在留資格相談
現在の在留資格から、より良い選択肢への変更可能性を診断します。
2. ビザ申請サポート
複雑な申請書類の作成から提出まで、母国語対応可能なスタッフがサポートします。
3. トラブル対応
勤務先とのトラブル、在留資格に関する問題など、迅速に対応します。
まとめ:変化を味方につける
EPA介護福祉士試験の合格者減少というニュースは、一見ネガティブに見えますが、実は日本の外国人材受け入れが新しいステージに入ったことを示しています。
企業にとっては:
多様な受け入れルートから最適な方法を選択できる時代になりました。自社の状況に合わせた戦略的な人材確保が可能です。
外国人材にとっては:
キャリアの選択肢が増え、自分に合った働き方を選べるようになりました。適切な情報と手続きで、安定したキャリアを築けます。
共通して大切なのは:
制度を正しく理解し、適切な手続きを踏むこと。そして、互いの文化や価値観を尊重し合うことです。
私たち行政書士は、法的手続きのプロフェッショナルとして、企業と外国人材、双方の架け橋となります。ビザ・在留資格でお困りのことがあれば、いつでもお気軽にご相談ください。
日本の介護現場を支える外国人材が、安心して能力を発揮できる環境づくり。それが、私たちの使命です。
参考記事:
外国人介護士試験に380人合格 EPA3カ国、前年度比24%減
https://news.yahoo.co.jp/articles/04532ecea8647cc3f84af146bcea53bc167e5b6f
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