1. はじめに:外国人労働者の増加と司法通訳の現実
ここ数年で、日本の労働市場における「外国人依存度」は確実に高まっています。
2025年時点で、日本国内で働く外国人労働者の数は過去最高の約200万人に達しました。
これは単なる数字ではなく、日本社会が人手不足を背景に、外国人労働力を必要としている現実の表れです。
とくにコンビニエンスストア、外食産業、製造業、介護・建設、IT分野などでは、現場を担う外国人従業員が「いなければ仕事が回らない」という状態も増えてきました。
それだけに、彼らが安心して働ける環境を整備することは、企業にとって重要な経営課題になりつつあります。
しかし、この「外国人が当たり前に働く時代」において、法制度や支援体制が十分に追いついていない分野があります。
それが「司法通訳」の領域です。
「司法通訳」とは、外国人が警察・検察・裁判所といった法的機関と接する際に、言語の壁を越えるために必要な専門通訳を指します。
これは単なる日常会話レベルの通訳ではなく、法律用語や訴訟手続き、刑事責任に関わるセンシティブな表現を正確に伝える必要があります。
近年、この司法通訳の「担い手」が減少しているという報道が出ました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/db6001c8f79d8e9a70826527632b6129917d6c1b
通訳が減る一方で、外国人による裁判対応が増加しているという、ミスマッチが深刻化しています。
一見、企業活動と裁判所は無関係に思えるかもしれませんが、実際にはそうではありません。
外国人従業員が関わる「労働トラブル」や「誤解による警察沙汰」、「契約上の紛争」など、企業として無関係ではいられない法的リスクは多数存在します。
たとえば、勤務中のトラブルで警察に通報される、従業員が誤解から暴力沙汰に巻き込まれる、あるいは企業が不当解雇と主張されるなど、裁判や法的対応が必要となる状況は、決して他人事ではありません。
こうした場面で、司法通訳がいない、あるいは質の担保ができない場合、当事者である外国人従業員は適切に自分の立場を説明できず、不利な扱いを受ける恐れがあります。
その結果として、企業の社会的信頼が損なわれる、あるいは行政処分や損害賠償にまで発展するケースも想定されます。
つまり、司法通訳の不足は、単に司法の問題ではなく、「外国人を雇用する企業」にとっての経営リスクでもあるのです。
本記事では、この問題の実態と背景を丁寧に読み解き、企業としての実務的な対策、リスク管理の視点からも具体的なヒントをご提供いたします。
2. データで見る「司法通訳者」の減少
外国人の数が増えているにもかかわらず、それに伴う「司法通訳」の担い手は減少しています。
これは、ただの統計上の現象ではなく、法的トラブルの現場で支障をきたす非常に深刻な問題です。
朝日新聞が報じた内容によれば、2025年時点で全国の裁判所に登録されている司法通訳者は3,244人。
2016年の3,840人と比較すると、約15%(596人)の減少となっています。
この9年間で外国人労働者や在留外国人が増加している中で、この「通訳者の減少」は明らかに逆行した現象と言えるでしょう。
一方で、司法の現場において通訳を必要とするケースは増え続けています。
たとえば、通訳を伴う裁判の被告人の数は、2016年の2,654人から、2023年には3,851人へと約1.5倍に増加しています。
これは単に「外国人が増えたから」というだけではなく、外国人が深く日本社会に関わるようになった証拠でもあります。
ではなぜ、通訳者は減っているのでしょうか?
それは第4章で詳しく述べますが、報酬や制度の未整備が原因であり、慢性的な担い手不足に拍車をかけている状態です。
この「通訳ニーズの増加」と「担い手の減少」というミスマッチは、いずれ司法全体の信頼性を損なう大きな問題につながります。
実際、法廷通訳者の不足によって裁判が遅延したり、質の低い通訳で冤罪のリスクが高まったりする事例も報告されています。
企業にとっても他人事ではありません。
自社で雇用している外国人従業員が何らかの理由で警察や裁判と関わる場面に直面したとき、「通訳者がいない」「通訳の質が低い」という状況に陥れば、企業としてもリスクを被ることになります。
また、外国人従業員の立場から見ても、日本語の法的なやりとりを正確に理解・対応するためには、高度な通訳支援が欠かせません。
その基盤が崩れているというのは、企業にとっても重大なインフラ問題なのです。
このように、数字の上では見えづらい「司法通訳者不足」は、実は日本社会全体に、そして企業の経営リスクに直結する重大な課題なのです。
3. 通訳者不足がもたらすリスク
司法通訳者の減少は、単なる「人材不足」の話にとどまりません。
それは、実際の法的判断や手続きに深刻な影響を与えるリスクを孕んでいます。
特に問題視されているのは、「誤訳」による誤解や不利益が、当事者に取り返しのつかない結果をもたらす可能性があるということです。
2024年、三重県で起きたフィリピン人女性の事件は、その象徴的な例です。
この女性は、警察の取り調べの際に通訳の誤訳により、不正確な証拠がもとで起訴されました。
結果的には無罪となったものの、彼女が社会的に受けた損失や精神的ダメージは計り知れません。
このような事案は、企業にとっても大きなリスクとなり得ます。
例えば以下のようなケースが想定されます:
- 労働トラブルの誤解拡大
外国人従業員との間で就業ルールや契約の理解に齟齬があり、トラブルに発展。弁明の場で通訳が不十分だったことで、企業側が「不当解雇」や「差別的対応」として訴えられる可能性があります。 - 警察・行政対応での混乱
例えば、従業員が交通事故や暴力沙汰に巻き込まれた際、通訳が不在だったことで、本人の意図と異なる供述が記録されてしまうと、後の弁護が非常に困難になります。 - 裁判対応での不利な状況
外国人従業員が法的トラブルに巻き込まれた際、通訳の力量不足により、本人の証言が正確に裁判所に伝わらず、企業の信頼にも悪影響が及ぶ。
いずれのケースも、「通訳がいない」「通訳の質が低い」といった理由で、真実が歪められてしまう可能性があるという点で共通しています。
そしてその責任や結果は、企業の信用問題に直結します。
報道で企業名が取り上げられたり、SNS等で炎上したりすれば、採用活動や取引先からの評価にも影響を与えかねません。
特に近年は、外国人従業員の人権や多文化共生に対する社会の目も厳しくなっています。
「適切な対応をしていなかった」という印象が与えられるだけで、企業のイメージダウンに繋がる恐れがあるのです。
だからこそ、「通訳がいないから仕方ない」では済まされない時代に入ってきています。
企業は今、外国人雇用に伴う“法的リスク”にしっかり向き合い、万が一の事態に備える責任を持つべきだといえるでしょう。
4. なぜ通訳者が減っているのか?
司法通訳者の減少には、いくつかの根深い問題が複雑に絡み合っていますが、特に「報酬」と「制度の未整備」の2点が大きな要因として挙げられます。
まず報酬の問題についてです。
一般に、裁判所での司法通訳の報酬は「時給換算で約1万5千円程度」と言われています。
一見すると高額に思えるかもしれませんが、実際にはその金額が支払われるのはごく一部の業務に限られており、事前の資料翻訳、専門用語の準備、打ち合わせなど「裁判の前後」に求められる膨大な準備作業に対しては、報酬が支払われないケースも多々あります。
また、通訳の現場ではミスが許されません。
たった一語の誤訳が、被告人の量刑を左右することもあるのが司法通訳の現実です。
その責任の重さに対して、待遇が見合っていないという声は以前から根強くあります。
さらに、「制度の未整備」も深刻な課題です。
現時点では、司法通訳に必要な国家資格や統一的な認定試験は存在していません。
そのため、通訳者のスキルや倫理観、通訳品質に大きなばらつきがあり、被告人や裁判所関係者にとっても不安が残る体制となっています。
こうした中で、能力の高い通訳者は「会議通訳」「企業通訳」「国際イベント」など、より高報酬かつ安定的なフィールドへと流れていくのが自然な流れです。
実際、国際会議やグローバル企業のプロジェクトなどでは、同等以上の報酬に加え、明確な契約条件やサポート体制が整っており、通訳者としてのキャリアを築くには好条件が揃っています。
司法通訳の現場では、制度が曖昧で、報酬体系も不透明。
そのうえ精神的・時間的負担が大きい。
このような状況では、新たな通訳人材の確保は難しく、既存の通訳者も現場を離れてしまう傾向が強まります。
結果として、通訳の質の低下、司法手続きの遅延、不公正な判断につながるリスクが高まり、最終的には外国人を雇用する企業や地域社会にまで影響が及ぶという悪循環が生まれています。
今後、司法通訳という制度そのものの見直しとともに、「この職業を選びたい」と思えるだけの報酬・地位・教育制度の整備が急務だと言えるでしょう。
5. 企業経営者・人事が今できる3つの対策
外国人を雇用している、またはこれから雇用を検討している企業経営者・人事担当者にとって、司法通訳不足の問題は「遠い世界の話」ではありません。
むしろ、自社のリスクマネジメントという観点から、非常に現実的な課題として向き合う必要があります。
ここでは、企業が今すぐ取り組める3つの対策をご紹介します。
(1)外国人従業員のリスクマネジメント体制の整備
まず最優先すべきは、万が一トラブルが発生したときに備えた「社内外の体制づくり」です。
たとえば、
- 外部の専門通訳者や多言語対応が可能な行政書士・弁護士との連携体制を構築しておく
- 通訳や翻訳が必要になった際の社内手順をマニュアル化しておく
- 事故・トラブル発生時の初動対応について、担当者を明確化しておく
これらの体制を「平時」から整備しておくことで、緊急時にもスムーズな対応が可能となり、従業員の不安や混乱を最小限に抑えることができます。
(2)外国人向けの社内研修やガイドラインの整備
法的トラブルの多くは「誤解」や「文化・言語のギャップ」から生まれます。
そのため、外国人従業員向けに以下のような社内研修や資料を整備することが有効です。
- 就業ルールや労働契約書の内容を母国語で説明したハンドブック
- トラブル時の相談窓口(社内外)を明確にした案内
- 労務トラブルの事例紹介と対応方法の共有
- 職場内のハラスメント防止ガイド
これらを通じて、従業員との信頼関係を深めると同時に、リスクの「予防」にも繋がります。
(3)信頼できる行政書士と顧問契約を検討する
最後にご提案したいのが、「外国人対応に強い行政書士」との継続的な連携です。
行政書士は、ビザ・在留資格の手続きはもちろん、外国人従業員との契約、就業規則、労務トラブル時の対応など、企業の多言語・多文化対応を幅広くサポートできる存在です。
特に、トラブル発生時に「どこに相談していいかわからない」と迷ってしまう企業様も多く見られます。
そんなとき、既に信頼関係ができている専門家がいれば、迅速に的確な対応が取れるため、リスクの拡大を未然に防ぐことができます。
「何か起きてから動く」のではなく、「起きる前に備える」ことが、今の時代のスタンダードです。
6. 当事務所のご案内|外国人雇用サポートのプロフェッショナル
当事務所では、在日外国人を雇用する企業様向けに、実務に即した包括的なサポートを提供しております。
◆ 主なサポート内容
- ビザ申請・更新の代行業務
煩雑で変更の多い在留資格手続きを、企業と外国人従業員双方の負担なくサポートします。 - 外国人雇用に関する顧問契約
外国人雇用における法務・労務相談を、月額契約で継続サポート。新規雇用・更新・退職対応など幅広く対応します。 - 労働トラブル・通訳対応時の専門家連携
トラブル発生時には、弁護士・社労士・通訳者などと連携し、スピーディーかつ適切な対応を実現します。 - 外国人向けの契約書・就業規則の整備支援
日本語が難しい従業員でも理解できるよう、母国語対応の就業規則や雇用契約書を作成・翻訳します。
企業が外国人を雇用するということは、文化や言語、法制度の違いという「多層的な壁」を乗り越える必要があるということです。
当事務所は、その壁を越える「橋渡し役」として、企業の健全な成長と従業員の安心を支えるパートナーでありたいと考えております。
外国人雇用に関して不安や課題を感じている企業様は、ぜひ一度、お気軽にご相談ください。
「今、動けば、未来が変わる」
それが、私たちの支援の出発点です。
7. まとめ
今や、日本の労働市場において外国人労働者は欠かせない存在となっています。
彼らは単に「人手不足を補う存在」ではなく、日本社会や企業活動を構成する大切な一員です。
しかしその一方で、彼らを取り巻く法的環境やサポート体制は、依然として十分に整備されているとは言いがたい状況にあります。
その中でも見過ごされがちなのが「司法通訳」という存在です。
外国人労働者がトラブルに巻き込まれたり、裁判や警察、行政対応が必要になったりした際、正確で信頼できる通訳者の存在は不可欠です。
それがなければ、当事者の真意が伝わらず、不当な処遇を受けてしまうリスクもあります。
そしてその責任や影響は、決して本人だけにとどまらず、雇用主である企業側にも及びます。
今回のように司法通訳者が減少している現実は、こうした“見えにくいリスク”が、実は確実に迫ってきていることを示しています。
制度面の改善が求められるのはもちろんですが、企業としても「今できる備え」があります。
外国人従業員が安心して働けるような職場環境づくり、トラブル時の通訳や法律対応の体制整備、信頼できる専門家との連携など、いざという時の「備え」を持つことで、トラブルの予防にも対応の質にも大きな差が生まれます。
本記事で紹介したように、司法通訳という“影のインフラ”が揺らぐ時代だからこそ、企業にとっての危機管理意識と、外国人従業員への配慮が重要になります。
今後さらに外国人との共生が進むなかで、企業の「真の対応力」が問われる場面は確実に増えていくでしょう。
そしてその対応力こそが、企業の信頼性、ブランド、そして持続可能な成長に直結するのです。
外国人をすでに雇用している企業はもちろん、今後雇用を検討している企業様におかれましても、ぜひ今一度、自社の備えを見直すきっかけとしていただければ幸いです。
不安な点やご相談があれば、どうぞお気軽に当事務所までお問い合わせください。
専門家として、貴社の「安心と成長」を全力でサポートいたします。
