はじめに:増え続ける外国人材と見過ごされてきた人権問題
日本で働く外国人は約396万人。2025年、過去最多を更新しました。
コンビニ、飲食店、介護施設、工場—私たちの日常を支えているのは、多くの外国人材です。人手不足が深刻な日本において、彼ら彼女らの存在なくして社会は成り立ちません。
しかし、その陰で深刻な人権問題が起きています。
技能実習生や留学生の外国人女性が、誰にも妊娠を告げられず「孤立出産」し、死産や新生児の遺棄で刑事罰に問われるケースが後を絶たないのです。
2025年11月、福岡高裁は死産した赤ちゃんをごみ箱に遺棄したベトナム人技能実習生の女性に執行猶予付き有罪判決を言い渡しました。女性は裁判で「妊娠したら帰国させられる。とても怖くて誰にも相談できなかった」と訴えていました。
私は行政書士として、日々外国人の在留資格に関する相談を受けています。その中で痛感するのは、「制度の狭間で苦しむ外国人女性の存在」と「企業側の法的知識の不足」です。
この記事では、孤立出産問題の実態、法的な側面、そして企業と外国人本人が取るべき具体的な対応について、専門家の視点から詳しく解説します。
孤立出産問題の実態:なぜ相談できないのか
後を絶たない孤立出産と刑事事件化
技能実習生や留学生による孤立出産の事例は、全国各地で報告されています。
近年の主な事例
- 2021年:熊本県でベトナム人技能実習生が死産した新生児を遺棄(死体遺棄罪で有罪)
- 2022年:鹿児島市でベトナム人技能実習生が新生児を殺害(殺人罪で有罪)
- 2024年:福岡県でベトナム人技能実習生が死産した新生児を遺棄(死体遺棄罪で執行猶予)
これらの事件には共通点があります。
- 妊娠を誰にも相談していない
- 病院に行っていない
- 一人で出産している
- 「妊娠したら帰国させられる」という恐怖
「妊娠禁止」という見えないルール
多くの技能実習生が、母国の送り出し機関や日本の受け入れ企業から「妊娠してはいけない」と言われています。「ベトナムの送り出し機関から妊娠するのはいけないと言われました」(鹿児島県の技能実習生)
このような「妊娠禁止」条項は、実は違法です。しかし、立場の弱い実習生は逆らえず、妊娠を隠すしかなくなるのです。
孤立出産に至る構造的要因
孤立出産が起きる背景には、複数の要因が絡み合っています。
1. 制度的要因
- 技能実習制度の転職制限(別の企業に移れない)
- 帰国=借金返済不能という経済的プレッシャー
- 実習期間終了=帰国という時間的制約
2. 社会的要因
- 言葉の壁
- 相談先を知らない
- 日本の医療・福祉制度への理解不足
- 孤立した生活環境
3. 心理的要因
- 「妊娠したら帰国」という刷り込み
- 恥の意識
- 家族や母国への送金が止まる恐怖
- 自分一人で何とかしなければという思い
法的側面:妊娠は違法ではない
妊娠・出産を理由とした解雇は明確に違法
ここで最も重要な法的事実をお伝えします。
妊娠・出産を理由とした解雇や不利益な取り扱いは、男女雇用機会均等法第9条で明確に禁止されています。これは国籍を問わず、外国人にも適用されます。
男女雇用機会均等法第9条(抜粋):
- 妊娠したことを理由とする解雇の禁止
- 出産したことを理由とする解雇の禁止
- 妊娠中の女性労働者が請求した場合の軽易な業務への転換を理由とする解雇の禁止
違反した企業には:
- 厚生労働大臣による報告徴収・助言・指導・勧告
- 勧告に従わない場合の企業名公表
- 不法行為に基づく損害賠償請求のリスク
技能実習法でも禁止されている
技能実習生の場合、さらに「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」でも保護されています。
技能実習法第46条(禁止行為):
実習実施者は以下の行為をしてはならない
- 技能実習生の意思に反して技能実習を強制すること
- 暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、技能実習生の意思に反して技能実習を強制すること
妊娠を理由とした帰国強制は、この禁止行為に該当する可能性が高いです。
違反した場合:
- 6月以下の懲役または30万円以下の罰金
- 技能実習計画の認定取り消し
- 新規の技能実習生受け入れ停止
妊娠は在留資格の取り消し事由ではない
「妊娠したら在留資格が取り消されるのでは?」という誤解も多いですが、妊娠は在留資格の取り消し事由ではありません。
入管法第22条の4に定める在留資格取り消し事由に、妊娠・出産は含まれていません。
ただし、以下の点には注意が必要です:
- 妊娠により実習を継続できない期間が長期化する場合、技能実習計画の変更が必要になることがある
- 出産後、在留資格の更新時には引き続き実習を継続する意思と能力があることを証明する必要がある
適切な手続きを行えば、妊娠・出産後も日本で働き続けることは可能です。
産前産後休業は外国人にも適用される
労働基準法第65条により、すべての女性労働者(外国人を含む)は産前産後休業を取得できます。
産前休業
- 出産予定日の6週間前(双子以上は14週間前)から
- 本人が請求した場合
産後休業
- 出産日の翌日から8週間
- 本人の請求と医師の許可があれば産後6週間から就業可能
これは技能実習生や留学生を含むすべての女性労働者の権利です。
企業が直面するリスクと責任
法的リスク
外国人を雇用する企業が妊娠を理由に不適切な対応をした場合、以下のリスクに直面します。
1. 男女雇用機会均等法違反
- 行政指導の対象
- 企業名公表のリスク
- 損害賠償請求
2. 労働基準法違反
- 解雇制限違反(産前産後休業中とその後30日間の解雇禁止)
- 罰則:6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金
3. 技能実習適正化法違反(技能実習生の場合)
- 技能実習計画の認定取り消し
- 新規受け入れ停止
- 罰則
4. 不法行為による損害賠償
- 精神的苦痛に対する慰謝料
- 逸失利益(解雇された場合の給与相当額)
5. レピュテーションリスク
- メディア報道による企業イメージの低下
- 取引先からの信用失墜
- 新規採用への悪影響
社会的責任
法的リスクだけではありません。企業には社会的責任もあります。
CSR・ESG経営の観点
- 人権尊重は企業の基本的責任
- サプライチェーン上の人権デューデリジェンス
- 投資家や取引先からの評価
近年、企業の人権対応は投資判断や取引条件に直結するようになっています。外国人材の人権を軽視する企業は、長期的に市場から淘汰されるリスクがあります。
人材確保への影響
孤立出産問題への不適切な対応は、人材確保にも悪影響を及ぼします。
- SNSでの悪評拡散
- 外国人コミュニティ内での評判悪化
- 優秀な人材の採用困難
- 既存スタッフの離職
逆に、適切な対応をしている企業は:
- 「働きやすい職場」として評判が広がる
- 優秀な人材が集まる
- 既存スタッフの定着率向上
- 企業イメージの向上
成功事例:相談できる環境があれば
鹿児島県の岩戸牧場の事例
RKB毎日放送の報道では、ポジティブな事例も紹介されています。
鹿児島県枕崎市の養豚場で働くベトナム人のイーフンさんは、同じく実習生のチンさんと結婚し、3年前に男の子を出産しました。
イーフンさんの証言
「妊娠したときは怖かったです。ベトナムに帰るか仕事をやめるかどうするかと思って」
「ベトナムの送り出し機関から妊娠するのはいけないと言われました」
それでも、イーフンさんは妊娠をすぐに職場に相談しました。
職場の対応
- 妊娠を受け入れ
- 産婦人科での出産を支援
- 産後も雇用を継続
- 保育園への入園サポート
- 大変な作業は同僚が代替
職場担当者のコメント
「一緒の職場でずっと働いていてもらえるってすごく素晴らしいことだなと思って、何も拒否することはないなって」
イーフンさんの現在
「大変な作業は同僚が変わってくれて助けてもらいました」
「現在は婦人科で経口避妊薬を処方してもらって服用しています」
この事例が示すのは、「相談できる環境」があれば孤立出産は防げるということです。
成功のポイント
岩戸牧場の成功には、いくつかのポイントがあります。
1. 妊娠を「タブー」にしない職場文化
妊娠は恥ずかしいことでも違法なことでもないという認識の共有
2. すぐに相談できる関係性
日頃からのコミュニケーション
3. 具体的なサポート
- 業務の調整
- 医療機関の紹介
- 保育園入園の支援
4. 長期的視点
一時的な人員配置の工夫で、長期的な人材確保
5. 情報提供
避妊方法など、予期せぬ妊娠を防ぐための情報提供
行政の動き:相談しやすい環境づくり
福岡出入国在留管理局の取り組み
2025年、福岡出入国在留管理局は画期的な取り組みを始めました。
主に外国人の相談に応じる九州各県の行政担当者を集めた連絡会で、初めて「外国人の妊娠・出産」をテーマに取り上げたのです。
講師のコメント(西日本短期大学 高向有理教授)
「予定外の妊娠で困りごとになるのは個人だけの問題のように捉えられがちなんですけれど、実は受け入れ側の日本側にも問題があるのではないか」
連絡会では:
- 外国人の妊娠・出産の実態共有
- 相談を受けたときの対応方法の検討
- 日本で出産か一時帰国して出産かの選択肢の提示
- 継続的な見守りの重要性
福岡出入国在留管理局 相田恭輔主席審査官のコメント
「外国人から生活に関する相談が非常に多くなってきている。これからの生活に支障が出る方も件数的に出てきておりますので、迅速に対応するために連絡会が欠かせないものであろうかと思っております」
参加した行政担当者の声
福岡県の行政担当者
「私自身相談員として妊娠出産の相談を受けることが多いので、大変実践できそうな知識が得られてよかったなと感じております」
鹿児島県の行政担当者
「外国人の皆さん、自分の国と(制度が)違うところがあるから困っています」
自治体レベルでも、外国人の妊娠・出産支援の重要性が認識され始めています。
専門家の提言
上智大学の田中雅子教授は、移民女性の性にまつわる問題について研究を続けています。
田中教授の提言
「日本人がすることを同じようにしてもらうためにこちらが何をお手伝いしたらいいかという風に考えればそんなに難しくないと思います」
「皆さんのほうからあってはならないことに蓋をするのではなくて、あることを前提に私にも相談していいんですよというアピールをしていただけたらいいかなと思います」
重要なのは:
- 妊娠を「あってはならないこと」としない
- 「相談していいんだよ」というメッセージを発信
- 本人の意思を尊重する
- 正しい情報を提供する
企業が今すぐ取り組むべき具体的対応
Step 1: 社内方針の明確化
まず、企業として明確な方針を示すことが重要です。
社内規定に明記すべき内容
- 妊娠・出産を理由とした解雇や不利益な取り扱いの禁止
- 妊娠したら相談してほしいこと
- 産前産後休業の取得権利
- 相談窓口の設置
これを日本語だけでなく、雇用している外国人の母語でも作成し、入社時に説明します。
Step 2: 情報提供の充実
外国人社員に対して、以下の情報を多言語で提供します。
提供すべき情報
- 避妊に関する情報
- 日本で利用できる避妊方法
- 婦人科の受診方法
- 経口避妊薬(ピル)の処方
- 緊急避妊薬(アフターピル)の存在
- 妊娠した場合の対応
- まず誰に相談すればよいか
- 産婦人科の受診方法
- 健康保険の適用
- 出産費用(出産育児一時金の存在)
- 在留資格への影響
- 妊娠は在留資格取り消し事由ではない
- 産前産後休業中も在留資格は維持される
- 必要な手続き(在留資格更新時の注意点)
- 日本の制度
- 産前産後休業
- 育児休業
- 保育園制度
- 各種手当
Step 3: 相談体制の整備
社内相談窓口の設置
- 専任担当者の配置
- 多言語対応(通訳の活用)
- プライバシーの確保
- 相談しやすい雰囲気づくり
外部機関との連携
- 医療機関(多言語対応可能な産婦人科)
- 自治体の外国人相談窓口
- 国際交流協会
- 行政書士などの専門家
定期的な面談
- 年1〜2回の個別面談
- 困りごとがないか確認
- 信頼関係の構築
Step 4: 職場環境の整備
妊娠中の配慮
- 重い物を持つ作業の免除
- 長時間立ち仕事の制限
- 勤務時間の調整
- 通院のための時間確保
出産後の支援
- 保育園入園のサポート
- 勤務時間の柔軟な対応
- 育児休業の取得促進
- 職場復帰後のフォロー
Step 5: 教育・啓発
管理職・同僚への教育
- 外国人の妊娠・出産に関する理解促進
- 多様性を尊重する職場文化の醸成
- 差別的言動の禁止
- サポート体制の周知
外国人社員への研修
- 日本の妊娠・出産に関する制度説明
- 相談窓口の案内
- 権利の周知
Step 6: 専門家との連携
行政書士の活用
- 在留資格への影響の説明
- 妊娠・出産に伴う手続きのサポート
- 配偶者ビザへの変更手続き(結婚している場合)
- トラブル発生時の対応
社会保険労務士の活用
- 産前産後休業の手続き
- 育児休業給付金の申請
- 社会保険の継続手続き
医療機関との連携
- 多言語対応可能な産婦人科の確保
- 妊婦健診の受診サポート
- 出産時の対応
外国人本人へのメッセージ
妊娠は悪いことではありません
日本で働く外国人の皆さんに、まずお伝えしたいことがあります。
妊娠は悪いことではありません。違法でもありません。
もし「妊娠してはいけない」と言われていても、それは間違った情報です。
妊娠を理由に:
- 解雇されることは違法です
- 帰国を強制されることは違法です
- 在留資格が取り消されることはありません
これらは日本の法律で守られている権利です。
もし妊娠したら
すぐに相談してください
相談先:
- 勤務先の上司や人事担当者
- 技能実習機構(技能実習生の場合)
- 自治体の外国人相談窓口
- 医療機関(産婦人科)
- 行政書士などの専門家
一人で悩まないでください。相談すれば、必ず助けてくれる人がいます。
病院に行ってください
妊娠したら、必ず産婦人科を受診してください。
- 健康保険が使えます
- 費用が心配な場合は相談すれば分割払いなども可能
- 自治体によっては外国人向けの医療費助成制度もあります
一人で出産することは非常に危険です。母体にも赤ちゃんにもリスクがあります。
在留資格について
妊娠・出産後も日本で働き続けることは可能です。
- 適切な手続きを行えば在留資格は維持できます
- 産前産後休業中も在留資格は有効です
- 必要な手続きは行政書士がサポートします
予期せぬ妊娠を防ぐために
避妊の知識を持ってください
日本で利用できる避妊方法を確認し、更に、婦人科を受診すれば、自分に合った避妊方法を相談できます。
パートナーとの話し合い
避妊はパートナーと一緒に考えることです。
- 互いの将来の計画を話し合う
- 避妊方法を一緒に選ぶ
- 責任を共有する
困ったときは
24時間対応の相談窓口もあります
- 外国人在留支援センター(FRESC):0120-76-2029
- よりそいホットライン:0120-279-338(外国語対応あり)
- 各都道府県の女性相談センター
匿名でも相談できます。プライバシーは守られます。
行政書士ができること
在留資格の専門家として
私たち行政書士は、外国人の在留資格に関する専門家です。妊娠・出産に関しても、以下のサポートを提供しています。
外国人本人へのサポート
- 妊娠が在留資格に与える影響の説明
- 産前産後休業中の在留資格維持の手続き
- 出産後の在留資格更新手続き
- 配偶者ビザへの変更手続き(結婚している場合)
- 子どもの在留資格取得手続き
企業へのサポート
- 外国人社員の妊娠時の対応アドバイス
- 法令遵守のチェック
- 社内規定の整備支援
- トラブル発生時の対応
相談対応
- 多言語での相談対応
- プライバシーへの配慮
- 無料初回相談
早めの相談が重要
妊娠が分かったら、できるだけ早く相談してください。
早期に相談することで:
- 適切な手続きを計画的に進められる
- 不安を解消できる
- トラブルを未然に防げる
- 選択肢を広げられる
「こんなこと相談していいのかな」と思うような小さなことでも大丈夫です。専門家として、しっかりサポートいたします。
まとめ:孤立出産をなくすために
問題の本質
外国人技能実習生の孤立出産問題は、個人の問題ではありません。
- 制度の構造的問題
- 受け入れ側の認識不足
- 情報提供の不足
- 相談しにくい環境
これらが複合的に絡み合って起きている社会問題です。
解決のカギ
孤立出産をなくすためには:
1. 企業の意識改革
妊娠を「タブー」ではなく「相談できること」として受け止める
2. 正確な情報提供
外国人に対して、日本の制度や権利について正しく伝える
3. 相談しやすい環境
多言語対応の相談窓口、信頼関係の構築
4. 法令遵守の徹底
妊娠を理由とした解雇や帰国強制は違法であることの周知
5. 専門家との連携
行政書士、社会保険労務士、医療機関との協力体制
誰もが安心して働ける社会へ
日本で働く外国人は約396万人。彼ら彼女らなしには、もはや日本社会は成り立ちません。
外国人材を「労働力」としてだけ見るのではなく、「同じ社会を生きる人間」として尊重する。その基本が、今求められています。
妊娠・出産は人生の重要なライフイベントです。それを理由に仕事を失ったり、犯罪者にされたりすることがあってはなりません。
企業、行政、専門家、そして地域社会全体が協力して、誰もが安心して働き、生活できる社会を作っていきましょう。
私たちと一緒に
ニセコビザ申請サポートセンターは、外国人の人権を守り、企業の適切な外国人雇用をサポートします。
- 妊娠・出産に関する在留資格の相談
- 企業の外国人雇用管理のアドバイス
- トラブル発生時の対応
- 多言語での相談対応
どんな小さな不安でも、お気軽にご相談ください。初回相談は無料です。
一緒に、誰もが安心して働ける社会を作っていきましょう。
ニュース元:https://news.yahoo.co.jp/articles/de3f176f4576d358953d0fe7490e89b3032e9168
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