1. はじめに:在留外国人過去最多更新の背景
2025年6月末時点で、日本に住む在留外国人は過去最多の395万人を記録しました。これは日本の総人口の約3%に相当する数字であり、10年前と比較すると大幅な増加傾向にあります。
少子高齢化が進む日本において、外国人材は労働力不足を補う重要な存在となっています。特に介護、建設、製造業、農業、サービス業などの分野では、外国人労働者なしには事業の継続が困難な状況になっている企業も少なくありません。
政府も「特定技能」制度の拡充や留学生の受け入れ促進など、外国人材の受け入れに積極的な姿勢を見せています。このような背景から、今後も在留外国人の増加傾向は続くと予想されます。
しかし、受け入れ人数が増える一方で、「受け入れ体制」の整備が追いついていないという深刻な課題が浮き彫りになっています。その最たるものが「日本語教育環境の整備の遅れ」です。
2. 日本語教育環境の現状と課題
読売新聞の報道(2026年2月21日)によると、日本語教育環境には以下のような深刻な課題が存在しています。
日本語学校の数と認定状況
文部科学省が新制度で認定した日本語教育機関は、2025年2月時点でわずか全国64校にとどまっています。一方、従来の法務省告示校は2024年末現在で873校存在しており、新制度への移行が大幅に遅れている状況です。
これらの告示校は2029年3月までに文科省の認定を受けなければ留学生を受け入れることができなくなりますが、認定基準の厳格化により、多くの学校が対応に苦慮しています。
日本語学習者の実態
2024年度に日本語学校などで学ぶ日本語学習者は約29万人に達しており、これは通信制高校の在籍者数に匹敵する規模です。学習者の内訳は、留学生、就労者、その家族など多岐にわたります。
名古屋市内のニューワールド国際学院では、ネパール、バングラデシュ、スリランカなど9か国・地域から83人の留学生が学んでいます。2024年秋に来日したネパール出身の19歳の学生は、当初はあいさつ程度の日本語能力でしたが、数か月後にはアルバイトの面接をこなせるまでに成長し、短大進学と介護の仕事を目指しています。
このように、適切な教育環境があれば外国人は着実に日本語能力を向上させ、日本社会で活躍する道を歩むことができます。
3. 文科省による日本語学校認定制度の厳格化
制度改革の背景
従来、日本語学校の認可は法務省が担当していましたが、在籍管理や日本語指導が不十分な学校が目立つという問題がありました。一部の学校では、実質的に「出稼ぎ労働者の入国ルート」として機能しており、教育機関としての質が問われていました。
このような状況を改善するため、2024年度に「日本語教育機関認定法」が施行され、所管が文科省に移行しました。
新制度の主な認定基準
新制度では、以下のような厳格な基準が設けられています:
- 教育課程の編成
進学、就職、生活など目的に応じた体系的な教育課程の作成が義務づけられています。単に日本語を教えるだけでなく、学習目標や評価方法を明確にした教育プログラムが必要です。 - 登録日本語教員による指導
国家資格である「登録日本語教員」の資格を持つ教員による指導が必須となります。これにより、教育の質の担保が図られます。 - 施設・設備基準
適切な教室の広さ、図書室、自習室などの施設基準も設けられています。 - 在籍管理の徹底
学生の出席管理や在留状況の把握など、厳格な在籍管理が求められます。
認定取得の困難さ
千駄ヶ谷日本語学校(東京)では、教員8人がかりで約1年かけて教育課程を練り上げ、2024年10月に認定を取得しました。しかし、日本語学校の多くは定員100人程度の小規模校であり、認定に必要な人材や時間が限られているのが実情です。
北陸のある語学学校は2度申請を行いましたが、いずれも不認定となりました。担当者は「告示校の運営はしているが、『教育課程の編成』と言われてもノウハウがない」と困惑を隠せません。
武蔵野大学の神吉宇一教授(日本語教育)は、「日本語学校は進学目的の『予備校』としての側面が強かった。新しい制度はコミュニケーションを重視しており、対応できていない学校がある。教育の質と学習機会のバランスが求められる」と分析しています。
4. 企業が直面する外国人材の日本語教育問題
採用後のコミュニケーション課題
外国人材を雇用する企業からは、以下のような声がよく聞かれます:
「在留資格の手続きは無事に完了したが、実際に働き始めると日本語でのコミュニケーションに課題がある」
「専門的な業務用語や敬語の使い方が理解できず、OJTに時間がかかる」
「社内文書や安全マニュアルが理解できず、リスク管理上の懸念がある」
これらは、日本語能力が業務遂行や職場の安全に直結することを示しています。
企業内教育の限界
多くの企業では、外国人従業員に対する日本語教育を社内で実施しようとしますが、以下のような課題に直面します:
- 日本語教育の専門知識を持つ社員がいない
- 通常業務と並行して教育時間を確保することが困難
- 体系的なカリキュラムを作成できない
- 個々の日本語レベルに合わせた指導ができない
外部教育機関への期待と現実
企業としては外部の日本語学校に従業員を通わせたいところですが、現実には:
- 勤務地の近くに日本語学校がない
- 夜間や週末のコースが少ない
- 就労者向けの実践的なコースが不足している
- 費用負担が大きい
といった問題があり、十分な教育機会を提供できていない状況があります。
5. 在留資格申請の専門家が見る「ビザ取得後」の課題
行政書士として多くの在留資格申請をサポートする中で、私が常に感じているのは「ビザ取得はゴールではなく、スタートである」ということです。
在留資格取得までのプロセス
在留資格の取得には、以下のようなステップがあります:
- 在留資格の選定
就労内容、学歴、職歴などに応じて適切な在留資格を選択 - 書類の準備
雇用契約書、事業計画書、財務諸表など膨大な書類を準備 - 入管への申請
地方出入国在留管理局への申請と審査対応 - 在留資格認定証明書の交付
審査が通れば認定証明書が交付され、ビザ取得が可能に
このプロセスには通常1~3か月程度かかり、企業にとっても外国人本人にとっても大きな負担となります。
ビザ取得後の「見えない壁」
しかし、無事に在留資格を取得して来日した後、多くの外国人が直面するのが「日本語の壁」です。
- 役所の手続きができない
- 病院で症状を説明できない
- 子どもの学校との連絡が取れない
- 地域住民とのコミュニケーションが取れず孤立する
- 日本語能力不足で希望する仕事に就けない
これらの課題は、在留資格の種類や滞在期間に関わらず、ほぼ全ての外国人が直面する可能性があります。
定着と活躍のための総合的サポートの必要性
真の意味で外国人材に活躍してもらうためには、以下のような総合的なサポートが必要です:
- 適切な在留資格の取得
- 日本語教育の機会提供
- 生活面でのサポート(住居、銀行口座、携帯電話など)
- 地域社会とのつながり作り
- キャリア形成支援
これらは単独の組織や個人で対応できるものではなく、企業、行政書士などの専門家、自治体、地域コミュニティが連携して取り組む必要があります。
6. 日本語教育の空白地域問題
全国の38%が「空白地域」
最も深刻な問題の一つが、日本語教育の「空白地域」の存在です。文部科学省の調査によると、日常会話や生活ルールなどを学ぶ日本語の学習拠点がない地域は、全国の自治体の38.2%を占めています。
そこには約17万人もの在留外国人が暮らしており、学びたくても学べない状況に置かれています。
地域による格差
日本語教育の機会は、都市部と地方で大きな格差があります:
都市部(東京、大阪、名古屋など)
- 日本語学校が複数存在
- 夜間コースや週末コースも充実
- 多言語対応の支援も比較的充実
地方・郡部
- 日本語学校が存在しない
- ボランティア教室も限定的
- 公共交通機関が不便で通学困難
- 多言語対応の支援がほとんどない
空白地域の外国人が直面する困難
日本語学習の機会がない地域で暮らす外国人は:
- 日本語能力が向上せず、就労機会が限られる
- 地域社会から孤立しやすい
- 子どもの教育にも影響が出る
- 緊急時の対応ができず安全上のリスクがある
- 日本での生活に失望し、帰国や転居を選択する
といった困難に直面します。これは外国人個人の問題だけでなく、地域社会全体の損失でもあります。
7. 日本語教師不足と処遇改善の必要性
日本語教師の現状
文部科学省の調査によると、2024年度に活動した日本語教師は約5万人ですが、そのうち約2万7000人(54%)がボランティアでした。
つまり、日本の日本語教育は、ボランティアの善意に大きく依存している構造になっているのです。
日本語教師の処遇問題
日本語教師の多くが以下のような厳しい労働条件で働いています:
- 雇用形態:非常勤講師が多く、雇用が不安定
- 給与水準:時給1500~2500円程度と低い
- 社会保険:加入できないケースも多い
- 授業準備時間:授業時間外の準備時間に対する報酬がない
- キャリアパス:昇給や昇進の機会が限られる
「登録日本語教員」制度の導入
国は日本語教師の専門性を高めるため、2024年度から国家資格「登録日本語教員」制度を導入しました。この資格を取得するには:
- 日本語教員試験の合格
- 実践研修の修了(教育実習)
- 登録手続き
が必要であり、相応の時間と費用がかかります。
しかし、苦労して資格を取得しても待遇が改善されなければ、日本語教師を目指す人は増えません。
教育支援会社「エルロン」の石川陽子社長は「職業として安定していなければ日本語教師の担い手は増えにくい。教師の処遇改善を日本語教育の質改善とセットで考える必要がある」と指摘しています。
質と量のジレンマ
日本語教育は現在、以下のようなジレンマを抱えています:
教育の質を高めようとすると…
→ 認定基準が厳しくなる
→ 対応できる学校が減る
→ 学習機会が減少する
学習機会を増やそうとすると…
→ 基準を緩和する必要がある
→ 質の低い教育が混在する
→ 学習効果が上がらない
この両立をどう実現するかが、今後の大きな課題です。
8. 企業・自治体・国の連携による解決策
「社会包摂」としての日本語教育
明治大学の山脇啓造教授(多文化共生論)は、「大人の外国人に対する日本語教育は、生活や子育て、地域社会に参加する力を育むという社会包摂の視点が重要だ」と指摘しています。
つまり、日本語教育は単なる「言語スキルの習得」ではなく、外国人が地域社会の一員として参加し、貢献し、幸せに暮らすための総合的な支援として捉えるべきなのです。
国に求められる施策
1. 日本語教育機関の設置促進
- 空白地域への日本語教室の設置支援
- オンライン学習環境の整備
- 移動式日本語教室の導入
2. 日本語教師の処遇改善
- 給与水準の向上支援
- 雇用の安定化(常勤化の促進)
- キャリアパスの整備
3. 認定制度の柔軟な運用
- 小規模校への支援強化
- 教育課程作成のガイドライン提供
- 段階的な認定取得制度の導入
自治体に求められる役割
1. 地域日本語教室の運営
- 公民館や図書館を活用した教室の開設
- ボランティア日本語教師の養成と支援
- 多言語対応の相談窓口設置
2. 企業との連携
- 外国人雇用企業への情報提供
- 日本語教育に取り組む企業への補助金
- 地域と企業をつなぐネットワークの構築
3. 学校教育との連携
- 外国人児童生徒への日本語指導
- 保護者向けの日本語教室
- 多文化共生教育の推進
企業ができること
1. 社内日本語教育体制の整備
- eラーニングシステムの導入
- 外部講師による社内研修
- 日本語学習時間の業務時間内確保
2. 外部教育機関との連携
- 日本語学校との提携
- 受講費用の補助
- 通学のための勤務シフト調整
3. メンター制度の導入
- 日本人従業員によるサポート
- 先輩外国人従業員によるピアサポート
- 定期的な面談とフィードバック
4. やさしい日本語の導入
- 社内文書の平易化
- 多言語対応マニュアルの作成
- コミュニケーション研修(日本人向け)
9. 外国人雇用における企業の実務対応
採用段階での確認事項
外国人を雇用する際には、以下の点を確認することが重要です:
1. 在留資格の確認
- 所持している在留資格の種類
- 就労可能な業務内容
- 在留期限
2. 日本語能力の確認
- 日本語能力試験(JLPT)のレベル
- 実際の会話能力
- 読み書き能力(業務文書が理解できるか)
3. 日本語学習への意欲
- 継続的に学習する意思があるか
- 過去の学習歴
- 今後の学習計画
受け入れ後のサポート体制
1. 初期オリエンテーション
- 会社のルールや文化の説明(やさしい日本語で)
- 業務内容の丁寧な説明
- 困ったときの相談先の明示
2. OJTの工夫
- マンツーマン指導
- 視覚的な資料の活用
- こまめな理解度確認
3. 定期的なフォロー面談
- 業務上の困りごとの確認
- 日本語学習の進捗確認
- キャリアプランの相談
在留資格管理の重要性
外国人従業員の在留資格管理は、企業の法的責任です:
1. 在留期限の管理
- 期限の3か月前には更新手続きを開始
- 更新申請のサポート
- 必要書類の準備支援
2. 業務内容の確認
- 在留資格で認められた業務内容の範囲内か
- 配置転換時の確認
- 資格外活動許可の要否
3. 専門家との連携
- 行政書士への相談
- 顧問契約による継続的サポート
- トラブル時の迅速な対応
外国人雇用における専門家の活用
外国人雇用は、労働法、入管法、社会保険など多岐にわたる法律知識が必要です。以下のような専門家との連携が有効です:
行政書士
- 在留資格申請手続きの代行
- 雇用契約書等の書類作成
- 入管法に関するコンサルティング
社会保険労務士
- 労務管理全般のアドバイス
- 社会保険手続き
- 就業規則の整備
弁護士
- 法的トラブルへの対応
- コンプライアンス体制の構築
10. まとめ:真の多文化共生社会に向けて
在留外国人が395万人を超え、今後も増加が見込まれる中、日本語教育環境の整備は待ったなしの課題です。
現状の問題点まとめ
- 認定日本語学校がわずか64校と極めて少ない
- 全国自治体の38%が空白地域で約17万人が学習機会を得られない
- 日本語教師の54%がボランティアで処遇が不安定
- 質と量のバランスが取れていない
目指すべき方向性
1. 教育機会の拡大と質の両立
認定基準を維持しながら、小規模校や地方への支援を強化し、学習機会を増やす。
2. 日本語教師の専門職化と処遇改善
国家資格化を契機に、職業としての魅力を高め、優秀な人材を確保する。
3. 社会包摂としての日本語教育
言語教育だけでなく、生活・就労・地域参加を総合的に支援する。
4. 官民連携の推進
国、自治体、企業、NPO、地域住民が連携したサポート体制を構築する。
企業経営者・人事担当者の皆さまへ
外国人材の雇用は、単なる労働力の確保ではなく、多様性を活かした組織づくりのチャンスです。
そのためには:
- 在留資格の適切な取得と管理
- 日本語教育の機会提供
- 継続的なキャリア支援
- 働きやすい職場環境の整備
が不可欠です。
在留外国人の皆さまへ
日本での生活を充実させるために、日本語学習は大きな力になります。学習環境が十分でない現状はありますが:
- オンライン学習ツールの活用
- 地域のボランティア教室への参加
- 職場での積極的なコミュニケーション
- 行政や専門家への相談
など、できることから始めてみてください。
最後に
私は行政書士として、在留資格申請のサポートだけでなく、外国人の方々が日本で安心して暮らし、働き、地域社会の一員として活躍できる環境づくりに貢献したいと考えています。
「ビザが取れた、その先」を見据えた総合的なサポートを提供し、真の意味での多文化共生社会の実現に向けて、皆さまと共に歩んでいきたいと思います。
外国人雇用、在留資格、日本語教育支援など、どんな小さなことでも構いません。お困りのことがあれば、ぜひお気軽にご相談ください。
一緒に最適な解決策を見つけましょう!
【参考記事】
読売新聞オンライン「在留外国人が最多更新の中、日本語学校の整備に遅れ…文科省認定校は全国で64校のみ」(2025年2月21日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/ed62504651e647b45c1f1530e4db9975a0779267
