はじめに――あの発言は「軽視」ではなく「制度の悲鳴」だった
2026年4月13日、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」で放送された日高屋運営会社・ハイデイ日高の青野敬成社長のインタビューが、大きな波紋を広げました。「外国人の特定技能はだめとなると、日本人の高校卒業生や大学卒業生、専門卒を中心に取るしかない」――この一言がSNSで切り取られ、「日本人軽視だ」と炎上。会社は4月15日、公式Xで謝罪文を出す事態となりました。
在留資格を専門に扱う行政書士として、私はこの一件を単なる「失言騒動」として片付けるべきではないと考えています。なぜなら、あの発言の裏には、いま多くの経営者が口をつぐんで抱え込んでいる**「特定技能制度の上限到達」という構造問題**が、はっきりと姿を現しているからです。
本記事では、企業のご担当者様と、在日外国人の皆様、それぞれに向けて、今回の件を制度面から整理し、「では、どうするか」という現実的な一手をお伝えしたいと思います。
1. そもそも特定技能とは―2分でわかる基礎
特定技能は、2019年4月に創設された比較的新しい在留資格です。深刻な人手不足に応えるため、一定の専門性・技能を持った外国人を「即戦力」として受け入れる制度ですね。
ざっくり整理すると、こうなります。
| 区分 | 在留期間 | 家族帯同 | 永住への道 |
|---|---|---|---|
| 特定技能1号 | 通算5年まで | 原則不可 | 限定的 |
| 特定技能2号 | 更新制限なし | 可能 | 開かれている |
対象分野は、外食業・飲食料品製造業・介護・建設・農業・漁業・宿泊・自動車運送業など、まさに日本の生活インフラを支える分野が広くカバーされています。今回問題になった外食業は、制度創設当初からの中核分野です。
2. 炎上の正体は「受入れ上限」――なぜ急に止まったのか
ここが今回の騒動の核心です。
特定技能には、「分野別の受入れ見込み数」という上限が設定されています。政府は5年ごとに各分野の上限を閣議決定しており、その枠に達した分野では、新規の在留資格認定証明書交付申請が原則ストップします。
2026年度、外食業分野はまさにこの上限に到達しました。日高屋の社長が番組で言った「今年はもう手の打ちようがない」というのは、まさにこのことなんです。
つまり、同社が意図的に日本人採用を後回しにしていたのではなく、予定していた外国人採用枠が制度上、物理的に使えなくなった。だから急遽、日本人新卒の比率を高めざるを得なくなった――それが発言の背景でした。
制度を知らずに切り取れば「日本人軽視」に見える。しかし制度を知っていれば「振り替え採用のやむなき説明」に過ぎない。このギャップが、今回の炎上の本質だと私は見ています。
3. 「助成金目当てで外国人を雇っている」は本当か
炎上の中で拡散された批判の一つに、「どうせ助成金が出るから外国人を雇うんだろう」というものがありました。日高屋はこれを謝罪文で明確に否定しています。
はっきり申し上げますが、「特定技能外国人を雇うだけでもらえる助成金」は存在しません。
厚生労働省のキャリアアップ助成金や人材開発支援助成金など、外国人も対象になる制度はあります。しかしこれらは「正社員化」「職業訓練の実施」など、日本人にも共通する要件を満たして初めて受給できるもので、「外国人だから出る」お金ではないんです。
もし「安く雇える」「助成金で得する」という理由で外国人採用を勧めてくる業者がいたら、それは制度理解の誤りか、あるいは違法ブローカーの可能性が高い。私は実務上、そう判断しています。
4. 法律が求める「日本人と同等以上」の原則
日高屋が謝罪文で強調した「給与額や福利厚生、昇給・昇格等は、新卒・中途の通常社員(日本人)と同じ条件」という部分。これは企業の善意ではなく、法律が命じている要件です。
出入国管理及び難民認定法に基づく特定技能の基準省令では、報酬額は「日本人が従事する場合の報酬額と同等額以上」であることが明確に求められています。賞与、昇給、手当、社会保険加入も、差をつけることは認められていません。
これは建前ではありません。雇用契約書・雇用条件書に明文化して地方出入国在留管理局に提出する必要があり、違反が発覚すれば受入れ機関としての認定取消、過去の在留資格手続きの見直しといった重い処分に直結します。
在日外国人の皆様に強くお伝えしたいのは、ここです。
- 日本人同僚と明らかな待遇差がある
- 昇給の機会が与えられない
- 残業代が支払われていない
こうした状況があれば、それは法令違反の可能性があります。泣き寝入りする必要はまったくありません。ご自身だけで抱え込まず、まずは行政書士や労働基準監督署にご相談ください。
5. 上限到達で企業が取れる、現実的な4つの打ち手
「枠が埋まった。では、どうするか」――ここからが、私が経営者の皆様に最もお伝えしたい部分です。
【打ち手1】既存1号人材の「特定技能2号」への移行準備 外食業は2023年から2号の対象になりました。社内の1号人材で要件を満たす方には、早めに2号試験の受験準備を支援する。これで5年の壁を越えて長期雇用が可能になります。
【打ち手2】「技術・人文知識・国際業務」(技人国)の活用 店長候補・エリアマネージャー候補など、学歴要件を満たす方であれば、特定技能ではなく技人国ビザでの採用も検討できます。ポイントは、採用職務が通訳・翻訳、マーケティング、商品開発などホワイトカラー業務であることの立証です。ここは実務上かなり繊細で、書類の組み立て次第で結果が変わります。
【打ち手3】2027年施行見込みの「育成就労制度」への備え 技能実習の後継で、特定技能への橋渡しを明確に位置づけた新制度です。今のうちから受入れ体制を整えておけば、施行時にスムーズに移行できます。
【打ち手4】技能実習生からの切替ルート 良好に2号技能実習を修了した方は、試験免除で特定技能1号に移行できます。自社や関連取引先の技能実習生との関係を見直すことが、思わぬ突破口になることもあります。
どれが最適かは、企業の規模・業態・既存人材の構成によって全く違います。ここは画一的な答えではなく、個別最適の提案が必要な領域です。
6. 経営者が今回の件から学ぶべき「伝え方」
今回の日高屋の件、私は発言の中身より**「伝え方」の問題**だと見ています。
企業が外国人雇用について公に語るとき、以下の3点をセットで発信するだけで、炎上リスクは大きく下がります。
- 制度上の背景――なぜ外国人を雇っているのか、なぜ今受入れが止まっているのか
- 処遇の公平性――日本人と同等以上であることの明示
- 地域・お客様への貢献――外国人材がサービス品質にどう寄与しているか
「なんとなく外国人の方が使いやすい」「日本人より安いから」――こうした粗い言い回しは、事実であろうとなかろうと、最大の炎上リスクです。丁寧な制度説明と、公平な処遇の裏付け。これこそが結果的にブランドを守ります。
7. 在日外国人の皆様へ――「自分の在留資格は、自分で守る」
最後に、在日外国人の読者の皆様へ。
今回のような業界ニュースは、直接ご自身のビザに影響しないとしても、将来の更新・変更・永住申請の「環境」として無関係ではありません。だからこそ、日頃から以下のことを習慣にしていただきたいのです。
- 雇用契約書は、日本語と母国語の両方で保管していますか
- 給与明細は毎月保管していますか(永住・帰化申請で必要になります)
- 住民税・社会保険料の納付状況は把握していますか
- 転職時の「契約機関に関する届出」は14日以内に出していますか
地味な項目ばかりです。でも、これらはいずれ、将来のビザ審査で必ず効いてきます。雇用主任せにしない。ご自身の在留資格は、ご自身で守る。この意識を持っていただきたいと思います。
8. おわりに――感情論を超えて、制度と事実で対話する時代へ
日高屋の一件は、外国人雇用をめぐる日本社会の議論が、いまだ感情的な反応に揺さぶられやすいことを示しました。同時に、企業が誠実に謝罪と説明を行ったことで、制度面の事実関係が整理された、有益な事例でもあったと思います。
外国人雇用は、もはや一部企業の特別な選択ではなく、日本の産業構造を支える標準的なインフラになりつつあります。その成熟のためには、経営者が制度を正しく理解し、外国人労働者ご本人が自らの権利を知り、双方が事実ベースで対話できる環境が欠かせません。
私自身、行政書士としての仕事は、書類を作ることではなく、その方の人生や事業の目標に伴走することだと考えています。ビザはゴールではなく、スタート地点をつくるための手段に過ぎません。
「受入れ上限に達して、採用計画が崩れた」 「自分のビザが、この先どうなるか心配だ」
どんな切り口のご相談でも構いません。「あなたの場合」に即した答えを、一緒に考えさせてください。
