2026年5月、タイ政府が日本を含む93の国と地域を対象に認めてきた60日間のビザ免除措置を、30日に短縮する方針を閣議決定しました。背景には、ビザ免除制度を悪用した特殊詐欺や不法就労の増加があります。そして見過ごせないのは、日本もタイ側の「見直し対象国」に含まれているという事実です。
本記事では、このニュースを行政書士の視点から整理し、外国人雇用を行う企業の経営者・人事担当者の皆さま、そして日本で暮らす外国人ご本人の皆さまにとって、どのような意味を持つのかを解説します。あわせて、日本側の入管政策が今後どう動く可能性があるか、そしてその中で私たちはどのようなスタンスを取るべきかについても、率直に書きたいと思います。
■ニュースの概要|タイのビザ免除短縮、その理由と日本への影響
タイ政府は、新型コロナウイルス収束後の観光需要回復策として、2024年7月から日本を含む93の国と地域を対象に、観光等の短期滞在について60日間のビザ免除を認めてきました。これは、世界的にも非常に寛容な部類に入る措置です。
しかしわずか2年で方針転換となりました。報道によれば、ビザ免除制度を悪用した以下のような事例が増加していたとされます。
・長期滞在者による特殊詐欺グループの形成
・観光ビザでの入国後の不法就労
・短期滞在の繰り返しによる事実上の長期居住
これらに対処するため、タイ政府は2026年5月19日、一部の国と地域を除き、ビザ免除滞在を30日以内に短縮する方針を閣議決定しました。新たな措置は官報掲載から15日後に施行されます。
そして重要なのは、日本もこの「見直し対象国」に含まれているという点です。日本人にとっては、今後タイに60日連続で滞在することができなくなる可能性があります。観光客個人への影響もさることながら、ロングステイ層、リモートワーカー、現地ビジネス開拓を行う中小企業にも影響が及びます。
■「〇〇人」という主語の危うさ|国民全体と個人を分けて考える
このニュースを論じる際、必ず立ち止まっておきたい論点があります。
「〇〇人」という呼称は、その国の国民全体を指す言葉であり、個々人の人格や行動を表す言葉ではありません。タイ人にも日本人にも、真面目に努力して生きている方が圧倒的多数であり、一方でどの国にも一定の割合で残念な方が存在します。これは国籍ではなく人間の話です。
したがって、「タイのビザ免除短縮は差別ではないか」「日本人が対象になるのは日本人全員を疑うことか」という議論は、本質的にはピントがずれています。国家が行うビザ政策は、個人を裁く制度ではなく、国民全体の傾向統計に基づいて、国家がリスク管理を行う行政行為です。
そのうえで、国別にダイヤルを動かすことについては、賛否両論があります。
・賛成側:データに基づくリスク管理は国家の責務である
・反対側:個別審査で対応すべきで、国籍で線引きすべきではない
私自身の立場を申し上げれば、現実問題として、特定の国を起点とする犯罪や不正取得の傾向が統計として出ている場合、国別に対応を取ることは、ある程度やむを得ないと考えています。タイ政府の判断は、そのロジックに沿った合理的な選択と評価できます。
■日本への示唆|在留資格政策はどこへ向かうのか
タイの一件は、日本にとっても他人事ではありません。日本側も、近年以下のような問題が顕在化しています。
・特定技能・技能実習における失踪
・留学ビザでの実質的な就労超過
・偽造在職証明書・偽造納税証明書による申請
・特定国を起点とする組織的な書類偽造ネットワーク
・経営・管理ビザを利用した実体のない法人設立
入管庁も近年、審査の厳格化を進めています。特に経営・管理ビザの資本金要件見直し議論、特定技能の運用適正化、留学ビザの稼働実態確認など、明らかに「フィルター」を強くする方向にあります。
そして、特定国を起点とする深刻な犯罪傾向や、組織的な在留資格の不正取得が今後さらに鮮明になれば、日本も国別に審査基準を差異化する、ビザ免除対象から外す、といった選択肢を持つべきだと、私は考えています。
これは外国人排斥の話ではありません。むしろ逆です。真面目に努力する圧倒的多数の外国人材を守るために、悪意のある一部を効果的に排除する。そのために必要な政策的ツールを揃える、という議論です。
■高市政権の「厳格化路線」をどう見るか
2026年現在、高市政権は外国人政策において全体的に厳格化の方向を打ち出しています。経営・管理ビザの要件強化、生活保護受給外国人への対応、特定国の永住申請審査の見直しなど、複数の論点で「締める」シグナルが出ています。
私はこの方向性の一部については理解しますが、「全方位で厳しく」という単線的なアプローチには慎重であるべきだとも考えています。
理由はシンプルです。一律強化は、最も真面目に制度を守ってきた外国人材と、彼らを必要とする日本の中小企業を、結果的に最も強く傷つけるからです。観光業、宿泊業、飲食業、介護、建設、農業──いずれも外国人材なしでは現場が回らない領域です。ここを乱暴に締めれば、地域経済が止まります。
本当に必要なのは、国ごと・在留資格ごと・業種ごとに、状況を見ながらダイヤルを上げ下げできる柔軟性です。リスクの高い領域は厳しく、健全な領域は適正に運用する。この使い分けができてこそ、政策と呼ぶに値します。
■経営者・人事担当者へ|実務で備えるべきこと
外国人雇用を行っている、あるいはこれから検討している企業の経営者・人事担当者の皆さまへ、現時点で備えておくべき実務的なポイントをお伝えします。
第一に、現在雇用している外国人スタッフの在留資格の更新スケジュールを、いま一度棚卸ししてください。国別・在留資格別に運用が変わる可能性が、今後数年で十分にあり得ます。
第二に、新規採用ルートを一本に依存しないこと。特定の送り出し国・特定の送り出し機関のみに依存していると、政策変更で一気に採用が止まるリスクがあります。
第三に、書類の真正性を内部で確認する体制を持つこと。万が一、応募者の提出書類に偽造が含まれていた場合、雇用主側もリスクを負います。
第四に、専門家と早い段階でつながっておくこと。制度が動くタイミングで初めて駆け込むのではなく、平時から相談できる関係性を持っておくことが、最も合理的なリスク管理です。
■外国人ご本人の皆さまへ|真面目な努力が報われる社会のために
最後に、日本で暮らしている外国人ご本人の皆さまへ。
日本語を学び、納税し、地域社会の一員として暮らしている皆さんが、こうした厳格化議論の中で不安を感じることがあるかもしれません。SNSでは、外国人全般を一括りにした厳しい言葉も流れます。
しかし、制度の本来の目的は、悪意ある一部を排除し、真面目に努力する方々を守ることにあります。書類を正確に揃え、申請内容に虚偽がなく、納税や社会保険を適切に履行している方は、過度に怯える必要はありません。
ただし、近年の審査厳格化の中で、「自分は大丈夫」と思っていた申請が不許可になるケースも増えています。更新時期が近づいたら、早めに専門家に現状を見せてください。在留資格は、放置しておくと取り返しがつかなくなる類の手続きです。
■行政書士としての願い
私が一番願っているのは、シンプルです。
国籍を問わず、真面目に頑張って生きている人々が、きちんと報われる日本社会であること。そして、そうした方々を温かく受け入れる日本社会であり続けること。
国別の厳格化と、個別の包摂は、対立概念ではありません。むしろ両立してこそ、本当の意味で外国人材と共生する社会が成り立ちます。ニセコ・倶知安という、外国人と日本人が日常的に隣り合って働き、暮らしている地域で実務をしていると、この感覚は年々強くなります。
タイのビザ免除短縮のニュースは、対岸の出来事ではなく、日本自身が問われている問題でもあります。経営者の方も、外国人ご本人も、ぜひ自分ごととして受け止めていただければと思います。
なお、本記事は2026年5月時点の情報に基づいています。在留資格制度の運用は流動的であり、個別事情によって結論が大きく異なります。実際のご判断は、必ず最新情報と専門家への相談を踏まえてください。
▼参考記事
https://news.yahoo.co.jp/articles/e8592617e9c59a0f1846054f61a2f499d0f7eb38
