■ はじめに──「サクランボ」の話から始めよう
サクランボがたくさんなっている木があります。よく見ると、その中に数個、傷んだ実が混じっている。それを取り上げて、「この木の実は全部傷んでいる」と広めてしまう──これが「チェリーピッキング」と呼ばれる情報操作の手法です。
朝日新聞が2026年5月17日付で報じた記事は、まさにこの「チェリーピッキング」が、外国人旅行客(インバウンド)への排斥的な空気を生み出す一因になっていると指摘しました。成蹊大学の伊藤昌亮教授(メディア社会学)、龍谷大学の阿部大輔教授(都市計画)の見解を交えながら、SNS時代の「分断」の構造を浮き彫りにしています。
行政書士として、ビザ申請・在留資格申請を専門に活動する私にとって、この問題は他人事ではありません。なぜなら、SNS上で「外国人旅行客」に向けられた排斥的な感情は、いつ「在日外国人」「外国人雇用企業」にまで矛先が向くか分からないからです。
本記事では、最新の報道を踏まえつつ、在日外国人の方々、そして外国人を雇用する経営者・人事担当者の皆様に向けて、現場感覚に基づいた解説と提言をお届けします。
■ 1. 2026年、インバウンドの数字が語ること
まず、客観的なデータを確認しましょう。
・2025年の訪日客数:4268万人(過去最多)
・消費額:約9.5兆円
・政府目標:2030年までに6000万人
これは、日本経済にとって極めて大きな数字です。9.5兆円という金額は、日本の自動車輸出額の半分程度に相当する規模であり、地方経済にとっては「成長エンジン」そのものです。
しかし、急激な人流の増加は、当然ながら摩擦も生みます。京都の住宅街での観光客の振る舞い、白川郷や鎌倉での過剰観光、温泉地でのマナー問題──こうした「実際に起きている問題」が、SNS上で拡散されています。
ここで重要なのは、「問題が存在する」ことと、「問題が全体の傾向である」ことを区別することです。チェリーピッキングは、まさにこの区別を曖昧にする手法です。
■ 2. 「チェリーピッキング」の構造を理解する
伊藤教授は、次のような構造を指摘しています。
- 観光地の地元住民が、実際の困りごとをSNSで発信する
- その投稿が、当該地域とは無関係な人々によって拡散される
- 拡散の過程で「外国人=迷惑」という単純化されたフレームが付加される
- 排外主義的なうねりとして広がる
ここで注目すべきは、「最初の投稿者」と「拡散して排外的な言説を強める人々」の動機が違うという点です。地元住民は具体的な困りごとを訴えているだけかもしれません。しかし、それを切り取って利用する第三者が現れたとき、メッセージは別物に変質します。
加えて、円安が長期化する中で、外国人旅行客が「裕福で強い存在」として映りやすくなっている──これが伊藤教授の重要な指摘です。経済的な不満や閉塞感が、特定の対象への排斥的感情として表出する。これは歴史的にも繰り返されてきたパターンです。
■ 3. 「在日外国人」「外国人雇用企業」にも飛び火するリスク
ここからが、本記事の中心テーマです。
排外主義のうねりは、「観光客」だけに留まるのでしょうか。残念ながら、答えはNOです。SNS上では、「外国人」というラベルで一括りにされた言説が、しばしば在日外国人や、外国人を雇用する企業にも向けられます。
具体例を挙げます。
・「外国人を雇う企業は日本人の雇用を奪っている」
・「在留資格の審査が甘すぎる」
・「特定の国籍の人が増えると治安が悪化する」
これらの言説は、ほぼ例外なく、ごく一部の事象を全体に当てはめる「チェリーピッキング」の構造を持っています。
私が日々お会いする在日外国人の方々──エンジニア、研究者、留学生、経営者、そのご家族──のほとんどは、日本のルールを真摯に学び、地域社会に貢献しようと努めています。在留資格は、単なる「日本にいる許可証」ではありません。日本社会との「約束」であり、その約束を守らなければ更新も永住も認められない、厳格な仕組みです。
にもかかわらず、SNSの大きな声によって、「外国人」全体が誤ったイメージで語られる。これは、本人にとっても、企業にとっても、看過できない問題です。
■ 4. 龍谷大学・阿部教授の提言──「共有財」としての観光
朝日新聞の記事では、龍谷大学の阿部大輔教授(都市計画)の見解も紹介されています。阿部教授は、排斥的言説を広げないためには、
・観光が地域にとって不可欠な存在であること
・その利益が住民にも還元されていると実感できること
この2点が重要だと指摘しています。具体的な手段としては、
・宿泊税の活用
・公園・広場など公共空間の整備
・交通インフラの強化
・「住民と観光客の共有財」としての再投資
が挙げられています。
これは、外国人雇用にも応用できる視点だと、私は考えます。「外国人材の活躍が、地域経済や地元コミュニティに、目に見える形で還元されている」──そう感じられるとき、人は他者を脅威ではなく、仲間として認識します。
■ 5. 行政書士が考える「企業ができる5つのアクション」
では、外国人を雇用する企業は、具体的に何をすればよいのでしょうか。現場感覚に基づいて、5つのアクションを提案します。
【アクション1】在留資格の運用を「見える化」する
採用した外国人材が、どのような在留資格で、どのような職務に従事しているか。これを社内外で誤解なく説明できる体制を作りましょう。在留資格は専門用語が多く、社員間でも誤解が生じがちです。
【アクション2】地域貢献活動への参画
外国人社員が、地域の清掃活動、お祭り、防災訓練に参加することは、共生の最も実効性ある手段です。企業として制度的にサポートしましょう。
【アクション3】社内の多言語化・多文化化
社員食堂のメニュー、社内文書、研修資料の多言語化。宗教的配慮(ハラル、礼拝スペース)。こうした「小さな配慮」が、外国人社員の安心感を生みます。
【アクション4】SNSリテラシー教育
外国人社員自身が、SNS上の偏見にさらされる場面もあります。社内で「事実とフェイクの見分け方」「炎上時の対応」といった研修を行うことも有効です。
【アクション5】専門家との継続的連携
在留資格、税務、社会保険、家族のサポート──こうした分野には、専門家の知見が不可欠です。「困ったときに相談できる行政書士・社労士・税理士」が揃っていることで、外国人材の定着率は大きく変わります。
■ 6. 在日外国人の皆様へ──「自分を守るための知識」
最後に、日本で暮らす外国人の皆様に、お伝えしたいことがあります。
SNS上の排斥的な投稿に触れて、不安を感じたり、孤立感を覚えたりする方もいらっしゃるかもしれません。しかし、覚えておいてください。日本社会には、多くの「あなたを支える仕組み」があります。
・在留資格に関する正確な情報源(出入国在留管理庁、行政書士会)
・各自治体の多文化共生センター
・労働相談窓口、ハラスメント相談窓口
・地域の国際交流協会
・専門家(行政書士、弁護士、社労士)
「困ったら相談する」「正確な情報を求める」「孤立しない」──この3つが、ご自身とご家族を守る何よりの方法です。
■ 7. おわりに──「事実と対話」の側に立つこと
「チェリーピッキング」は、誰でも陥りうる思考の罠です。SNSは便利な反面、断片的な情報を増幅させる性質を持っています。だからこそ、私たち一人ひとりが、
・情報の出典を確認する
・「全体の傾向」と「個別の事象」を区別する
・対話の場を持つ
ことを心がける必要があります。
行政書士として、私は「事実とデータに基づいて、在留資格や外国人雇用の橋渡しをする」ことを使命としています。それは単なる手続きの代行ではありません。法律と現場、企業と外国人材、そして日本社会と多文化社会──その間に立ち、丁寧な対話を生み出すことです。
外国人材の活用は、もはや日本経済の選択肢ではなく、前提条件となりつつあります。だからこそ、いま、私たちが守るべきは「事実と対話の側に立つ姿勢」です。
ご相談、ご質問、いつでもお待ちしております。
▼参考記事
朝日新聞「外国人旅行客への排斥投稿 一因の『チェリーピッキングとは?』」
https://news.yahoo.co.jp/articles/4a709927278cc95560a7894a4e7f239c8cb38af6
