■はじめに:「髪切りませんか」SNS投稿が招いた逮捕劇

2026年5月13日、熊本県八代市で、ベトナム国籍の27歳の男性が入管難民法違反の疑いで逮捕されたというニュースが報じられました(KAB熊本朝日放送)。

容疑の概要はこうです。男性は農業分野の特定技能の在留資格しか持っていなかったにもかかわらず、2025年12月頃、当時住んでいたアパート内で理容師として働き、報酬を受け取った疑いがあるとのこと。彼はSNS上でベトナム語による「髪切りませんか」といった投稿で集客しており、サイバーパトロール中の警察によって発覚しました。自宅からは、はさみやバリカンなど60点以上が押収され、理容師法違反の疑いも視野に捜査が進められています。

このニュース、行政書士として在留資格業務に携わってきた立場から見ると、「いつ起きてもおかしくない事件」であると同時に、「日本の在留資格制度に対する誤解が、いかに広く存在しているか」を象徴する事件でもあります。

本記事では、在日外国人の方、そして外国人を雇用する企業の経営者・人事担当者の皆様に向けて、次の3つを丁寧に解説します。

  1. なぜ今回の逮捕は起きたのか――「特定技能(農業)」での理容行為は何が問題なのか
  2. そもそも外国人は、日本で「理容師・美容師」として働けるのか
  3. 雇用主・本人それぞれが取るべき具体的な確認ポイントと対策

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■1. 「特定技能(農業)」で理容行為――なぜ違法になったのか

特定技能制度は、人手不足が深刻な特定の産業分野において、一定の技能と日本語能力を持つ外国人材を受け入れるために2019年に創設された在留資格です。現在、介護、ビルクリーニング、農業、漁業、外食業、宿泊業など、限定された産業分野での就労のみが認められています。

ここで重要なのは、「特定技能(農業)」は、農業分野でのみ働くことが許可された在留資格であるという点です。同じ特定技能だからといって、外食業の店舗で働いたり、ビルクリーニングに従事したりすることはできません。ましてや、制度上そもそも認められていない理美容業務にいたっては、明確な資格外活動――つまり違法行為に該当します。

入管難民法第19条は、在留資格に応じた活動の範囲を定めており、これに違反すると、退去強制(強制送還)の対象となるほか、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金に処される可能性があります(同法第70条等)。

今回のケースは、SNSへの投稿という「証拠が残りやすい」形で集客していたこと、そしてサイバーパトロールによる発見という、いまや珍しくない捜査の流れの結果です。「自宅で個人的にやっているから大丈夫」という認識は、もはや通用しない時代になっています。

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■2. 衝撃の事実:「理容師・美容師として働けるビザ」は存在しない

ここで多くの方が驚かれるポイントをお伝えします。

現行の日本の在留資格制度において、外国人が「理容師・美容師」として就労することを認める就労系在留資格は、一つも存在しません。

「いやいや、技能ビザがあるじゃないか」「技人国があるじゃないか」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。ですが、ひとつずつ見ていきましょう。

【技能ビザ】
中華料理、フランス料理、ソムリエ、外国特有の建築技術、宝石加工など、外国に特有の産業分野に属する熟練した技能を要する業務が対象。理美容業務は含まれていません。

【特定技能】
前述のとおり、認められているのは介護、ビルクリーニング、農業、漁業、外食業、宿泊業など限定された分野のみ。理美容業務は対象外です。

【技能実習】
途上国への技能移転を目的とする制度。理美容に関する職種は対象とされていません。

【技術・人文知識・国際業務(技人国)】
理系の専門知識、文系の専門知識、または外国文化を背景とする業務が対象。理美容は「手に職」の現場業務であり、ここでも対象外です。

ここで、よくいただくご質問があります。
「日本の理容師・美容師の国家資格を取れば、ビザがもらえるのでしょうか?」

答えは、NOです。

国家資格の取得と、在留資格の付与は、まったく別の話です。日本の専門学校を卒業し、国家試験に合格し、堂々と「理容師免許」「美容師免許」を手にしていたとしても、それだけで日本に就労ビザで滞在できるわけではありません。

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■3. では、外国人はどんな立場なら理美容師として働けるのか

理美容師として日本で合法的に働ける外国人の方は、いわゆる「身分系」の在留資格をお持ちの方に限られます。具体的には次のとおりです。

永住者:活動制限なし。理美容師を含むあらゆる業務に従事可能。
日本人の配偶者等:活動制限なし。
永住者の配偶者等:活動制限なし。
定住者:活動制限なし。
家族滞在:資格外活動許可を取得した場合、原則として週28時間以内の範囲で就労可能。ただし、風俗営業等は除く。
留学:資格外活動許可を取得した場合、同様に週28時間以内(長期休暇中は週40時間)の範囲で就労可能。

このように、就労が認められる根拠は「身分」または「資格外活動許可」であって、就労系ビザの本体ではない、という構造になっています。

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■4. 雇用主側のリスク:不法就労助長罪

「うちは知らなかった。本人が嘘をついていた」――こうした言い分は、原則として通用しません。

入管難民法第73条の2は、いわゆる不法就労助長罪を定めており、不法就労と知りながら、あるいは過失により知らずに外国人を雇用した場合、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金、またはその併科となります。

過失でも処罰対象となり得ること、これが非常に重要なポイントです。「在留カードを見ました」だけでは不十分で、

①その在留資格は何か
②その在留資格で、当該業務に従事することは可能か
③在留期限は切れていないか
④資格外活動許可の有無と内容
⑤就労資格証明書の確認

ここまで踏み込んで確認することが求められます。

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■5. 在日外国人本人が取るべき行動

もしあなたが現在、就労系の在留資格で日本に在留していて、「いずれは理美容師として働きたい」と考えているなら、現実的な選択肢は次のとおりです。

永住者の在留資格を取得する:要件は厳しいですが、取得できれば活動制限はなくなります。
日本人または永住者と結婚し、配偶者ビザに変更する:もちろん偽装結婚は論外で、真摯な結婚関係であることが大前提です。
定住者の在留資格を目指す:日系人、難民認定者、その他特別な事情がある方など、条件は限定的です。

いずれにせよ、「とりあえずSNSで集客してみる」という選択は、絶対に避けてください。今回の事件のように、人生を大きく変えるリスクと隣り合わせです。

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■6. 雇用主向け:実務でできるチェックリスト

□ 在留カードの原本を目視で確認したか
□ 「在留資格」欄に記載された資格は、自社の業務と整合するか
□ 在留期限を確認・記録したか
□ 裏面の資格外活動許可欄を確認したか
□ 必要に応じて、出入国在留管理庁の「在留カード等番号失効情報照会」を活用したか
□ 採用前に行政書士など専門家への相談を行ったか

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■おわりに:制度を知ることが、自分と人を守る

今回の熊本の事件は、決して特殊な事例ではありません。日本での生活費を少しでも稼ぎたい、母国の技術を活かしたい――その気持ち自体は、誰にとっても自然なものです。しかし、日本の在留資格制度は「気持ち」ではなく「制度の枠組み」で運用されています。

そして、「理美容師として外国人が働ける就労ビザは存在しない」という事実は、本人だけでなく、雇用する側にも知っておいていただきたい大原則です。

少しでも疑問や不安があれば、自己判断で動く前に、ぜひ行政書士などの専門家にご相談ください。制度は確かに複雑ですが、正しく理解し、正しい手続きを踏めば、安心して日本で生活し、活躍することは十分に可能です。

▼参考記事
https://news.yahoo.co.jp/articles/663e7e0cb5b3c0feadd0e5cc0006a2ce6ec3e6a6