■はじめに:制度改正の波に直面する外国人経営者たち
「先生、もう更新は諦めようと思います」
最近、私の事務所では、こうした言葉を口にされる外国人経営者の方が確実に増えています。長年日本で事業を続けてきた方ほど、その表情には複雑な思いが滲んでいます。
2025年10月、在留資格「経営・管理」の取得要件が大幅に厳格化されました。中でも経営者を苦しめているのが、資本金要件の500万円から3,000万円への引き上げ──実に6倍という大幅な変更です。
朝日新聞が2026年4月30日に報じた東京商工リサーチの調査では、外国人経営企業の45%が「影響を受ける」と回答し、5%が「廃業を検討している」と答えました。しかし、現場で日々相談を受ける行政書士としての実感は、「5%は少なすぎる」というものです。
本記事では、在留資格「経営・管理」厳格化の概要、現場で起きている実態、そして外国人経営者ご本人と、外国人を雇用する企業の経営者・人事担当者の方々が、いま何を考え、どう動くべきかを、できるだけわかりやすくお伝えします。
■1.何が変わったのか:在留資格「経営・管理」厳格化の中身
まず、制度改正のポイントを整理します。
【主な変更点】
・資本金(または出資総額):500万円 → 3,000万円
・日本語能力要件の新設
・事業計画書のより詳細な提出
・経営実態の確認の強化
出入国在留管理庁は、この厳格化の理由を「ペーパーカンパニーを使った不正利用への対策」と説明しています。確かに、形だけの会社で在留資格を得るような事例があったことは事実ですし、制度の信頼性を守る取り組み自体は理解できます。
しかし問題は、その「網」が、真面目に長年事業を営んできた小規模事業者まで一網打尽にしてしまっている、という点にあります。
■2.数字が語る現実:3,000万円というハードルの異常さ
ここで、東京商工リサーチが示した重要なデータを紹介します。
2024年に日本国内で設立された約14万社のうち、資本金3,000万円以上の会社はわずか1%。95%が1,000万円未満です。
つまり、3,000万円という資本金は、日本人が新たに会社を作る場合でも、ほとんど誰も用意していない金額なのです。それを、すでに日本で事業を営んでいる外国人経営者には、継続要件として課している──これが現在の制度の実態です。
さらに、外国人経営者が多く関わる「その他の専門料理店」(小規模カレー店など)の2025年度倒産件数は、物価高や人手不足の影響で、過去30年で最多の91件に達したと報告されています。資本金要件の引き上げは、この厳しい経営環境にさらに追い打ちをかける形となっています。
■3.現場感覚で見る「廃業検討5%」の本当の意味
調査では「廃業を検討している」と答えた企業は5%でした。しかし、私が日常的にご相談を受ける立場から正直に申し上げると、この数字はかなり控えめです。
理由はいくつかあります。
第一に、アンケート時点で「廃業」とまで明言できる経営者は限られます。多くの方は、「なんとか続けたい」「方法はないか」と模索している段階です。しかし、選択肢を冷静に検討した結果、最終的に廃業や事業整理に至るケースが、これから確実に増えていきます。
第二に、すでに更新を断念された方は、調査の対象になりにくい傾向があります。私の顧客の中にも、すでに経営管理ビザの更新を諦めた方がいらっしゃいます。
第三に、「廃業」という言葉に抵抗を感じる方も少なくありません。長年築いてきた事業に対する思い入れがあるからこそ、即答できないのです。
つまり、表に出てきた5%の背後には、迷い、悩み、苦渋の決断を抱えた、もっと多くの経営者の姿があると考えるべきです。
■4.「ビザを持ち続けること」が必ずしも最善ではない
ここからが、私が最もお伝えしたいことです。
行政書士という仕事柄、「どうすればビザを更新できますか」というご相談を多く受けます。もちろん、更新が可能であれば全力でサポートします。ですが、すべての方にとって「ビザを持ち続ける」ことが最善の選択であるとは限りません。
たとえば、無理に3,000万円を借入で工面して増資しても、その返済が経営を圧迫し、本業がおろそかになれば、結局事業は立ち行かなくなります。本末転倒です。
また、ビザの更新ばかりに気を取られ、ご家族の生活、お子さんの将来、ご自身の健康やライフプランがないがしろになっているケースも見てきました。
ビザは「制度」です。しかし、人生はあなたご自身のものです。制度に人生を合わせるのではなく、人生に最適な選択肢として制度を活用する──この視点を、ぜひ持っていただきたいと思います。
■5.外国人経営者が取りうる選択肢
それでは、具体的にどのような選択肢があるのか、整理してみます。
【選択肢1:要件を満たして更新する】
資金調達のめどが立つ、事業の収益性が高い、増資が現実的──こうした条件が揃うのであれば、まずは更新を目指すのが王道です。事業計画書の精度や、これまでの実績の示し方が鍵になります。
【選択肢2:事業の売却・M&A】
長年築いてきた事業の価値を、第三者に引き継いでもらう道です。常連客や立地、ノウハウは立派な資産です。経営者としての対価を受け取りつつ、事業そのものは存続させられます。
【選択肢3:経営権の移譲】
共同経営者やご家族、信頼できるパートナーに経営権を移譲する方法です。
【選択肢4:他の在留資格への切り替え】
配偶者ビザ、定住者、家族滞在、特定技能、技術・人文知識・国際業務など、その方の状況によっては、別の在留資格の方が安定した生活基盤になることがあります。
【選択肢5:母国でのリスタート】
日本での経験とネットワークを活かし、母国で事業を再構築する道もあります。「日本での挑戦」を「次のステージへの財産」に変える発想です。
どれが正解かは、その方の年齢、家族構成、資産状況、事業内容、本人の希望によって異なります。だからこそ、一人で抱え込まず、早めに専門家にご相談いただきたいのです。
■6.外国人を雇用する企業の経営者・人事担当者の皆さまへ
この問題は、外国人を雇用する企業の経営者や人事ご担当者にとっても、決して他人事ではありません。
第一に、取引先の動向です。仕入れ先や協力会社に外国人経営の事業者がいる場合、その方々が事業継続できるかどうかは、自社の事業継続性にも関わります。
第二に、自社で雇用する外国人材のキャリアパスです。優秀な外国人社員の中には、いずれ独立を考える方もいます。「経営・管理」のハードルが上がったことで、独立の道が遠のき、結果として日本での就労継続を選ぶ方もいれば、逆に「日本では夢が描けない」と他国へ移る方も出てきます。人事戦略として、こうした動向を踏まえた対応が必要です。
第三に、CSRと企業ブランドの観点です。在日外国人を取り巻く環境への企業姿勢は、グローバル人材から見たときの企業評価にも直結します。
■7.早めの相談が選択肢を広げる
最後に強調したいのは、「タイミング」の重要性です。
更新期限が迫ってからご相談に来られると、選べる道が限られてしまいます。逆に、半年、一年前から状況を整理し始めれば、増資の準備、事業承継先の検討、別資格への切り替え準備など、落ち着いて選択できます。
「まだ大丈夫」と思っているうちに、選択肢は静かに減っていきます。少しでも気になることがあれば、ご自身の人生にとって何が最善かを、一緒に整理する時間を持っていただきたいと思います。
■おわりに:制度の先にある「人」を見つめて
行政書士は、書類を書く仕事だと思われがちです。しかし、私たちが本当に向き合っているのは、書類の向こう側にいる一人ひとりの人生です。
在留資格「経営・管理」の厳格化は、確かに厳しい現実をもたらしました。しかし、選択肢は決して一つではありません。ビザに固執するのではなく、その人の人生全体を見据えた選択をする──そのお手伝いをすることが、私たちの役割だと考えています。
不安を抱えていらっしゃる外国人経営者の方、外国人スタッフの今後を案じる経営者・人事ご担当者様。どうか一人で悩まず、お声がけください。整理するだけでも、必ず見えてくるものがあります。
参考記事:
https://digital.asahi.com/articles/ASV4W268RV4WUTIL00BM.html
