はじめに:ニセ合格証による在留資格取得の現実

2025年10月、大阪府警が群馬県在住のベトナム人男女2人を入管難民法違反(虚偽申請)で逮捕したというニュースが報じられました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/215b6f537dd7302260dc95131934ce52bc31e99d


2人は、偽造された日本語試験や技能試験の合格証を使って、在留資格「特定技能」を不正に取得していたとのことです。

これは単なる一件の不正というだけでなく、現在の特定技能制度に潜む深刻なリスクを露呈した事件です。
外国人を雇用する企業、特に中小企業や現場を支える経営者・人事担当者にとっては、非常に他人事ではない内容です。

この記事では、事件の全容から企業が抱えるリスク、そして実務上取るべき対応策について、行政書士の視点から詳しく解説していきます。


事件の概要:ベトナム人2名がニセの合格証で「特定技能」を取得

大阪府警によると、逮捕されたベトナム人の男女(30代)はいずれも技能実習から特定技能への移行を狙っていたと見られます。

男は2024年3月、国際交流基金が実施する「日本語基礎テスト」と、「飲食料品製造業」の技能評価試験に合格したとする偽の証明書を東京出入国在留管理局に提出。
女は同年8月に同様の偽合格証を提出していました。

これらの書類をもとに、2人は合法的に「特定技能」の資格を取得し、都内の食品加工業で勤務していたとのことです。

しかし、後の捜査で証明書の偽造が発覚。背景には、SNS上での「替え玉受験」や偽造証明書の依頼が横行していたという実態も明らかになりました。


特定技能制度とは?そして何が問題なのか

「特定技能」は、2019年に開始された比較的新しい在留資格制度です。
目的は、日本国内の人手不足を補うために、一定のスキルを持つ外国人材を受け入れること。

対象となる16分野には、建設業、外食業、介護、農業、そして今回問題となった食品製造業も含まれています。

この制度で在留資格を得るには、以下の2つをクリアする必要があります。

  • 日本語能力(日本語能力試験N4以上、または日本語基礎テスト)
  • 分野ごとの技能評価試験の合格

これらに合格した証明として、「合格証」が発行され、企業との雇用契約書とともに入管に提出されることで、在留資格が付与されます。

しかし、今回の事件ではこの「合格証」が偽造されたものだったわけです。


どこに盲点があったのか?入管と制度の課題

事件の核心は「書面審査中心の運用」にあります。

通常、入管の審査は提出書類の確認がメインです。書類に不備がなければ、そのまま在留資格が下りることも少なくありません。
実際、今回も東京入管は偽造を見抜けませんでした。

元入管職員のコメントによれば、「在留申請の件数が非常に多く、個別に一つひとつの書類を厳密に検証することが難しい状況」だといいます。

特定技能制度が始まってからまだ6年ですが、すでに制度の「抜け道」を使った不正が発生しているのは、極めて深刻です。


SNSで広がる偽造依頼の実態

今回の事件で注目されたのが、SNSを通じた偽造依頼の存在です。
国際交流基金が府警に通報した段階で、100件以上の「替え玉受験」が疑われており、背後には組織的な斡旋もあると見られています。

SNS上ではベトナム語で「合格証を作ってほしい」「試験に受からせてほしい」といった投稿が存在しており、それに応じる仲介業者も実在している模様です。

こうした背景から、不正取得は個人の問題ではなく「構造的な問題」になりつつあることが分かります。


企業が抱えるリスクとその実情

外国人労働者を雇用する企業にとって、こうした不正は大きなリスクを孕みます。

1. 在留資格の取消リスク

不正が発覚すれば、その外国人の在留資格は取り消され、即時退去の対象になります。
つまり、雇用していた従業員を突然失うことになります。

2. 雇用契約の無効・損害

雇用契約そのものが無効とされ、採用や教育にかけた時間・コストが無駄になる可能性もあります。

3. 社会的信用の低下

「不正に関与していたのでは?」と周囲に疑われるリスクも否定できません。
採用に問題があったと報道されれば、企業ブランドにも傷がつきます。

4. 将来の入管審査の厳格化

過去に不適切な雇用実績がある企業は、今後の外国人雇用申請時に審査が厳しくなることもあります。


行政書士としての現場感:企業の“油断”が目立つ場面

私のもとにも、「この外国人を採用したいのですが、書類はこれで大丈夫ですか?」という相談がよく寄せられます。
実際に確認してみると、出所不明の書類や、不自然な証明書などが混ざっていることもあります。

特に、採用を急ぎたいあまりに「書類がそろっているなら問題ないだろう」と判断してしまうケースが多いです。

ですが、今回のような事件がある以上、「見た目が整っているだけ」では判断してはいけません。


企業が取るべき5つの対策

不正リスクを避けるために、企業ができることは意外と多くあります。

  1. 試験団体への確認
     疑わしい場合は、試験を実施した団体へ直接照会しましょう。
  2. 採用前の日本語レベルの実地確認
     実際に面接で会話してみることで、書類の内容と乖離がないかをチェック。
  3. 専門家の活用
     行政書士や登録支援機関を活用し、書類チェックを依頼しましょう。
  4. 継続的な教育とモニタリング体制の構築
     採用後も継続的にフォローすることで、トラブルを未然に防ぎます。
  5. 社内のリスク管理体制の強化
     外国人雇用に関するルールを明文化し、全社での意識を高めましょう。

制度改善への期待と今後の展望

この事件をきっかけに、制度そのものの見直しも議論されるべきでしょう。
たとえば:

  • 合格証のオンライン照会制度
  • 本人確認の強化
  • 入管・試験団体・支援機関の連携強化

不正に手を染める人は一部であり、大半の外国人労働者はまじめに働いています。
そうした人々を守るためにも、制度の信頼性を高める取り組みが急務です。


まとめ:安心して外国人を雇用するために

特定技能制度は、労働力不足に直面する日本社会にとって不可欠な制度です。
しかし、こうした制度の「隙」を突いた不正が発生すると、制度全体の信頼が揺らいでしまいます。

企業としては「知らなかった」「書類は本人が用意した」という姿勢ではなく、積極的にリスク管理を行う意識が求められます。

外国人雇用は単なる労働力確保ではなく、「共に働く仲間を迎える」ことです。
制度を正しく理解し、丁寧な運用を行うことで、企業にも、外国人にも、そして社会全体にもプラスとなる雇用環境を築いていきましょう。