■はじめに:繰り返された「情報の孤島」

2026年7月、熊本地震が発生しました。

そこで浮き彫りになったのは、10年前と同じ問題でした。外国人被災者に情報が届かないという深刻な課題です。

当事務所では、ビザ申請・在留資格の手続きを通じて、多くの在日外国人の方々やそのご家族、外国人を雇用する企業の経営者・人事担当者と接してきました。

災害時の「言葉の壁」は、単なる不便ではありません。生死を分ける「命の壁」になるのです。

本記事では、熊本地震で明らかになった問題と、その解決策としての「やさしい日本語」の必要性について、詳しく解説します。

■ 衝撃的な数字:19市町村中わずか3市町のみ

2024年7月の熊本地震で、震度5強以上を観測した熊本県内19市町村。

そのうち、インターネット上で外国人に特化して情報発信していた自治体は、熊本市、八代市、菊陽町のわずか3市町のみでした。

割合にすると、**わずか16%**です。

残りの84%、16市町村では、外国人向けの特別な情報発信は行われていませんでした。

熊本県には約3万1千人の外国人が暮らしています(2024年1月1日現在)。ベトナム人やインドネシア人が多く、近年は半導体受託製造の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の工場進出により、特に菊陽町では外国人人口が急増しています。

しかし、災害時に彼らに必要な情報が届いていなかったのです。

各自治体への取材で明らかになったこの事実は、日本の災害対策における重大な盲点を示しています。

■ 10年前の熊本地震でも同じ問題が発生していた

実は、この問題は今回が初めてではありません。

2014年4月に発生した熊本地震(最大震度7)でも、支援を受けられなかった外国人が多数いたことが報告されています。

当時の問題:
・避難所の場所がわからなかった
・支援物資の配布情報が理解できなかった
・罹災証明書の申請方法がわからなかった
・相談窓口があることを知らなかった
・言葉が通じず、避難所で孤立した

この痛ましい経験を受けて、熊本市は対策を講じました。

熊本市が講じた対策:

  1. 災害時メールサービスの開始
    現在、約680人が登録しており、今回の地震では罹災証明書の申請方法、支援制度、相談窓口などの情報を多言語で発信しました。
  2. 外国人向け避難所の開設
    協定を結ぶ熊本市国際交流会館に外国人向けの避難所を開設。今回の地震では約20人が身を寄せました。
  3. 多言語での情報提供
    ウェブサイト、SNS、メールなどで、英語、中国語、韓国語、やさしい日本語での情報発信を実施。

これらの対策により、熊本市では一定の効果が見られました。

しかし、対策を講じなかった16市町村では、10年前と同じ問題が繰り返されたのです。

■ 「災害弱者」になりやすい外国人被災者

なぜ外国人は災害時に「災害弱者」になりやすいのでしょうか?

1. 言葉の壁
・災害情報、避難指示が理解できない
・専門用語、行政用語が難しい
・緊急時の速い日本語が聞き取れない

2. 情報アクセスの困難
・自治体の情報発信が日本語のみ
・防災無線の内容が理解できない
・テレビ・ラジオのニュースが理解できない

3. 支援制度の認知不足
・どこに相談すればいいかわからない
・どんな支援が受けられるか知らない
・申請方法がわからない

4. 社会的孤立
・地域コミュニティとのつながりが薄い
・近隣住民に頼りにくい
・情報を共有できる同国人のネットワークがない

5. 文化的背景の違い
・日本の災害の種類や対応方法に不慣れ
・避難所での生活習慣の違い
・宗教上の配慮が必要な場合も

これらの要因が重なり、外国人は災害時に「情報の孤島」に取り残されるのです。

■ 一方で成功した「やさしい日本語」の事例

同じ熊本地震の被災地で、注目すべき成功例がありました。

特定非営利活動法人・難民を助ける会(AARJapan)が熊本県氷川町に設置した外国人被災者のための物資配付拠点です。

そこに掲げられたのは、「ものをくばるところ」と書かれたのぼりでした。

現地の担当者によると:
「地域に住むインドネシア人など、のぼりを見た多くの外国人が配布所に立ち寄ってくれました。インターネットに掲載されたのぼりの写真を見て訪れた人もいました」

なぜ「ものをくばるところ」が効果的だったのか?

「物資配付拠点」という正式名称は:
・漢字が多い(5文字中5文字が漢字)
・行政用語で難しい
・読み方がわからない
・意味が理解しにくい

一方、「ものをくばるところ」は:
・ひらがなで書かれているので読める
・「もの」「くばる」「ところ」という基本的な言葉
・意味が直感的に理解できる
・子どもでもわかる

このシンプルな「やさしい日本語」が、多くの外国人被災者を支援につなげたのです。

■ データが示す「やさしい日本語」へのニーズ

「やさしい日本語」は、実際にどれだけ求められているのでしょうか?

公益財団法人・東京都つながり創世財団が、都内在住の外国人(日本語レベル初級、来日5年以内)を対象に行った調査では:

【どの言語で災害情報を読みたいですか?】
・「やさしい日本語」:41.3%
・英語:35.9%
・母国語:7.5%

英語や母国語よりも「やさしい日本語」が求められているのです。

さらに:
・「やさしい日本語」の認知度:52.3%
・「知らないが使いたい」など使用意向:74.8%

つまり、まだ知らない人も多いけれど、潜在的には4人に3人が「やさしい日本語」を求めているのです。

なぜ「やさしい日本語」が求められるのか?

  1. 日常的に日本語に触れている
    日本で生活していれば、買い物、仕事、通勤など、日常的に日本語に触れます。簡単な日本語なら理解できる人が多いのです。
  2. 全ての言語で情報提供することは不可能
    熊本県だけでもベトナム語、インドネシア語、中国語、韓国語、英語、タガログ語、ネパール語など多様な言語が必要です。全言語での情報提供は現実的ではありません。
  3. 母国語の情報は極めて限定的
    特にマイナー言語の場合、災害時に母国語で情報が提供されることはほとんどありません。
  4. 英語が得意とは限らない
    アジア諸国出身者の中には、英語よりも日本語の方が理解しやすいという人が多いのです。

■ 「やさしい日本語」とは何か?

「やさしい日本語」とは、難しい言葉を避け、短い文章で、誰にでもわかりやすく情報を伝えるために工夫された日本語のことです。

具体例:

普通の日本語やさしい日本語
避難してくださいにげてください
余震に注意また じしんが くるかもしれません。きをつけて
物資配付拠点ものを くばる ところ
罹災証明書じしんで こわれた いえの しょうめいしょ
無料お金は いりません
土足厳禁くつを ぬいで ください

「やさしい日本語」の3つの基本原則:

  1. 簡単な言葉を使う
    ・漢語→和語に言い換え
    ・専門用語を避ける
    ・カタカナ語を減らす
  2. 短い文にする
    ・一文一義
    ・接続詞を減らす
    ・文を分ける
  3. 視覚的にわかりやすく
    ・漢字にふりがなをつける
    ・ひらがなを多用
    ・イラスト・ピクトグラムを併用

この「やさしい日本語」は、1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに研究が始まり、2020年に文化庁と出入国在留管理庁がガイドラインをまとめました。

■ 企業経営者・人事担当者が知っておくべきこと

外国人を雇用する企業にとって、災害時の情報伝達体制整備は法的義務であり、経営リスク管理の一環です。

1. 安全配慮義務(労働契約法第5条)

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」

この義務は、外国人従業員にも当然適用されます。

災害時に:
・避難指示が理解されない
・安否確認ができない
・従業員が適切な行動をとれない

という事態は、安全配慮義務違反になる可能性があります。

2. 企業が直面するリスク

人的被害のリスク:従業員の生命・身体への危険
法的リスク:安全配慮義務違反による訴訟
事業継続リスク:従業員の安否不明による事業停止
レピュテーションリスク:外国人従業員への配慮不足による社会的信用の失墜
人材流出リスク:不安を感じた外国人従業員の離職

3. 今すぐできる具体的対策

ステップ1:現状把握
・外国人従業員が何人いるか?
・どの国籍か?
・日本語レベルは?
・現在の災害マニュアルは理解されているか?

ステップ2:「やさしい日本語」での情報整備
・災害時の避難マニュアル
・避難経路・避難場所の表示
・安否確認の方法
・緊急連絡先リスト

ステップ3:訓練の実施
・外国人従業員も参加する防災訓練
・「やさしい日本語」での指示の理解度確認
・実際に避難経路を歩いて確認

ステップ4:地域との連携
・自治体の外国人向け防災情報の確認
・国際交流協会・NPOとの連携
・近隣企業との情報共有

ステップ5:継続的改善
・訓練後のフィードバック収集
・より わかりやすい表現への改善
・定期的な見直し

■ 在日外国人とそのご家族へ

在日外国人の方々やそのご家族に知っていただきたいことがあります。

あなたには、災害時に必要な情報を得る権利があります。

今すぐ確認してほしいこと:

  1. お住まいの自治体の災害情報
    ・外国人向けの情報発信があるか?
    ・多言語または「やさしい日本語」で提供されているか?
    ・メール配信サービスに登録できるか?
  2. 職場の災害対策
    ・避難経路を知っていますか?
    ・避難場所を知っていますか?
    ・災害時の連絡方法を知っていますか?
    ・災害マニュアルは理解できますか?
  3. 相談窓口
    ・出入国在留管理庁の外国人在留総合インフォメーションセンター
    ・各自治体の国際交流協会
    ・法務省の外国人のための人権相談
    ・NPO法人などの支援団体

わからないことがあったら、遠慮なく質問してください。

「やさしい日本語」での説明を求めることは、わがままではありません。あなたの正当な権利です。

■ 在留資格申請の専門家からの視点

筆者は、ビザ申請・在留資格の手続きを専門とする立場から、多くの外国人の方々と接してきました。

その経験から言えるのは、「言葉の壁」は想像以上に高く、深刻だということです。

ビザ申請の書類一つとっても、法律用語や専門用語が多く、日本語ネイティブでも理解が難しいことがあります。

例えば:
・「在留資格」「在留期間」「在留カード」
・「資格外活動許可」
・「永住許可」「帰化許可」
・「上陸許可」「再入国許可」

これらの用語の微妙な違いを、日本語学習中の外国人が正確に理解することは非常に困難です。

だからこそ、私たちは:
・できる限り「やさしい日本語」で説明する
・書類の内容を丁寧に、わかりやすく解説する
・不明点は何度でも質問してもらえる環境を作る

ことを心がけています。

災害時も同じです。

「避難」「余震」「罹災証明書」「支援制度」といった用語は、災害時によく使われますが、外国人には理解が難しい言葉です。

これを「やさしい日本語」に言い換えることで、命を守ることができるのです。

■ なぜ「やさしい日本語」の普及が必要なのか?

熊本地震が示した教訓をまとめると:

1. 10年前の教訓が多くの自治体で生かされなかった
2014年の熊本地震で同じ問題が発生したにもかかわらず、19市町村中16市町村では対策が講じられていませんでした。

2. 外国人被災者は「情報の孤島」に取り残された
言葉の壁により、必要な情報にアクセスできず、「災害弱者」となってしまいました。

3. 対策を講じた自治体では効果があった
熊本市のように災害時メールサービスや外国人向け避難所を整備した自治体では、一定の効果が見られました。

4. 「やさしい日本語」という具体的な解決策がある
「ものをくばるところ」という簡単な表現が、多くの外国人被災者を支援につなげました。

5. 外国人自身が「やさしい日本語」を求めている
東京都の調査では、41.3%が「やさしい日本語」での情報を希望しており、潜在的には74.8%が使用意向を示しています。

これらの事実が示すのは、「やさしい日本語」の普及が急務だということです。

■ 「やさしい日本語」普及のための提言

自治体への提言:

  1. 全ての自治体で外国人向け災害情報発信体制を整備する
  2. 災害時メール配信サービスに「やさしい日本語」を加える
  3. 防災無線、ウェブサイト、SNSで「やさしい日本語」を使用する
  4. 外国人も参加する防災訓練を実施する
  5. 国際交流協会・NPOと連携体制を構築する

企業への提言:

  1. 災害マニュアルを「やさしい日本語」で作成する
  2. 避難経路・避難場所を「やさしい日本語」で表示する
  3. 外国人従業員向け防災訓練を実施する
  4. 地域の災害情報を外国人従業員に共有する仕組みを作る
  5. 「やさしい日本語」を使える人材を育成する

国への提言:

  1. 「やさしい日本語」の使用を災害対策基本法に位置づける
  2. 自治体向けガイドライン・マニュアルを整備する
  3. 「やさしい日本語」の人材育成プログラムを支援する
  4. 外国人の災害対策を自治体評価の指標に加える

市民への提言:

  1. 「やさしい日本語」を学び、日常的に使う
  2. 外国人の隣人・同僚に災害時の声かけをする
  3. 地域の防災活動に外国人も参加できる環境を作る

■ まとめ:「言葉の壁」は「命の壁」

2026年7月の熊本地震。

19市町村中わずか3市町のみが外国人向け情報発信を行っていたという事実は、私たちに重大な問題を突きつけています。

10年前の熊本地震で同じ問題が起きた。教訓があったはずなのに、多くの自治体では対策が講じられなかった。

その結果、外国人被災者は再び「情報の孤島」に取り残されたのです。

一方で、「ものをくばるところ」というシンプルな「やさしい日本語」が、多くの外国人を支援につなげました。

これが示すのは:

・「言葉の壁」は「命の壁」になる
・しかし、解決策はある
・「やさしい日本語」という具体的で効果的な手段がある
・今すぐ行動すれば、次の災害で命を救える

災害は、明日来るかもしれません。

次の災害が来る前に、「やさしい日本語」の普及を進める必要があります。

それは、在日外国人の方々の命を守るためであり、共生社会を実現するための、私たち全員の責任です。

当事務所は、在留資格申請のサポートを通じて、外国人の方々が安心して日本で暮らせる社会づくりに貢献してまいります。

災害対策、外国人雇用、在留資格に関するご相談は、お気軽にお問い合わせください。

参考記事:
https://news.yahoo.co.jp/articles/b3a80233d04900ff14fb3fc9dd7151a8183e2662
https://news.yahoo.co.jp/articles/2577d756af82916369a7107a2ce46a011cc1c198