目次
  1. はじめに:海外留学の長期低迷という現実
  2. 海外留学が減り続けている3つの理由
    1. ①円安とインフレ
    2. ②就職活動の早期化と長期化
    3. ③「内向き志向」と「動画で見れるからいい」という感覚
  3. 情報を「見た」ことと、現地に「居た」ことは別物
    1. 五感の記憶は、画面の中には存在しない
    2. AI時代だからこそ、五感の体験の価値は高まる
  4. ビザ実務の現場で見える「逆の流れ」
    1. 日本に来たいと願う世界中の若者たち
    2. 「外を知っている人」と「知らない人」の違いは、思いやりに出る
  5. 多文化共生社会への不可逆的な移行
    1. ニセコという地域の現実
    2. これからの日本で必要な力
  6. 語学より大事なもの──「言葉が通じない場所で、それでも人と関係を築こうとした経験」
    1. 語学力よりも大切な力
  7. 政府の目標と支援の現状
    1. 2033年までに年50万人を海外へ
    2. 制度だけでは人は動かない
  8. 「コスパ」では測れない価値
    1. 若いときの挑戦は、人生全体を豊かにする投資
  9. ビザ実務の専門家として伝えたいこと
    1. 外国人支援の現場から見える「人生の選択肢」
    2. 日本の若者にも「外の世界」を見てほしい
  10. これからの日本に必要なこと
    1. ①就活の早期化に歯止めを
    2. ②奨学金制度のさらなる拡充
    3. ③「海外経験の価値」を伝える
  11. まとめ:「内向き」ではなく「世界とつながる」日本へ

はじめに:海外留学の長期低迷という現実

読売新聞が報じた「海外留学の低迷」に関する記事を読んで、ビザ実務の現場で日々感じていることを改めて言語化したいと思いました。

海外に留学する大学生は、2018年度に11万5000人だったのが、2024年度には9万1000人に減少。コロナ禍で激減した後も回復せず、長期留学に至っては10年以上前から低迷が続いているといいます。

さらに衝撃的なのは、13〜29歳の若者の半数以上が「留学したいと思わない」と答えているという国の調査結果です。

私は行政書士として、外国人のビザ申請や在留資格の支援を専門にしています。そして日々、世界中から「日本で学びたい」「日本で働きたい」とやってくる若者たちと接しています。

日本の若者が海外に出なくなっている一方で、世界中から若者が日本に来る──この対照的な流れの中に、これからの日本社会が直面する課題と可能性が見えてくると感じています。


海外留学が減り続けている3つの理由

①円安とインフレ

記事でも指摘されているように、円安とインフレは海外留学の大きな障壁になっています。2018年には1ドル110円だった為替レートが、現在は160円を超える水準にあります。

米国では、インフレの影響で滞在費が高騰し、年間の学費が1000万円を超える大学も珍しくないといいます。これでは、一般家庭の子どもが海外留学を目指すことは、現実的に非常に困難です。

奨学金制度の拡充が進められているとはいえ、為替と物価の壁は制度だけでは埋められません。

②就職活動の早期化と長期化

もう一つの大きな要因が、就職活動の早期化です。近年は売り手市場が続き、企業間の人材獲得競争が激化しています。その結果、採用活動が前倒しされ、大学3年生のうちから就活に追われる学生が増えています。

留学に行くタイミングが失われ、「就活に不利になるかもしれない」という不安が、海外への挑戦を阻んでいる現実があります。

③「内向き志向」と「動画で見れるからいい」という感覚

記事では、日本の経済低迷が長く続いた結果、若者の「内向き志向」が強まったと分析しています。

さらに、インターネットの普及により、「わざわざ外国まで行かなくても、動画などで現地を見聞できる」という感覚も広がっています。加えて、「コスパ」「タイパ」が重視される時代の中で、海外留学は「割に合わない」と判断されているのかもしれません。

私はこの「動画で見れるからいい」という感覚に、最も大きな問題を感じています。


情報を「見た」ことと、現地に「居た」ことは別物

五感の記憶は、画面の中には存在しない

情報を「見た」ことと、現地に「居た」ことは、まったく別物です。

私は16歳のとき、高校の海外研修でアメリカ・ミシガン州にホームステイしました。飛行機にも乗ったことがない、埼玉の田舎のごく普通の高校生でした。世界はテレビの中にあって、自分の生活とは別物──そんな感覚で生きていました。

それが、たった1か月の研修で、ガラガラと音を立てて崩れました。

空港に降り立った瞬間の、湿度や匂いや音。
言葉が通じないときの、足元から冷えていくような不安。
身振り手振りでなんとか通じ合えたときの、心の中で何かがほどける感覚。
ホストファミリーと一緒に食べた、洗剤の箱みたいに大きなコーンフレークの箱。
日曜の朝、教会で祈りを捧げる家族の姿。

16歳の私には、そのすべてが衝撃でした。

「世界には、こんなに違うルールで生きている人たちがいるんだ」

このシンプルな事実を、頭ではなく、目で、耳で、舌で、肌で、知った1か月。

あれから30年近くが経ち、その後25か国以上を訪れ、社会人になってからはイタリアにも5年駐在しましたが、それでもなお、一番最初のミシガンの記憶が、いまだに一番鮮烈に残っています。

AI時代だからこそ、五感の体験の価値は高まる

コーンフレークの箱の大きさは、画像で見れば「大きいな」で終わります。でも、自分の手で持ち、自分のボウルに山盛りに注ぎ、ホストファミリーと一緒に食べたあの朝の感覚は、データ化できない。

こういう五感を伴う体験は、画面の中には絶対に存在しません。AIがどれだけ進化しても、この体験を代替することはできない。

そして、こうした体験こそが、人を変えるのです。

AIで情報がいくらでも手に入る時代だからこそ、逆説的に、五感の実体験の価値はかつてないほど高まっている。私はそう思っています。


ビザ実務の現場で見える「逆の流れ」

日本に来たいと願う世界中の若者たち

私が日々接する外国人の若者たちは、日本に強い希望を持ってやってきます。彼らは、言葉の壁を乗り越え、複雑なビザ手続きを自力で進め、高額な学費と生活費を払いながら、「日本で学びたい」「日本で働きたい」と挑戦してくる。

ベトナム、ネパール、インドネシア、中国、フィリピン、そしてアメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ各国──出身地は多様ですが、共通しているのは「前に進もうとする強い意志」です。

「外を知っている人」と「知らない人」の違いは、思いやりに出る

行政書士の仕事を続けてきて、私はある一つの確信を持っています。

それは、「外に出たことがある日本人」と「出たことがない日本人」では、外国人への接し方がまったく違うということです。

外を知っている人は、文化の違いを「違い」として受け止めます。挨拶の仕方、時間感覚、家族観、宗教との距離、契約観念。こうしたものが「自分の常識とは別物だ」と理解した上で、相手と関係を築こうとします。

一方で、外に出た経験が乏しい人は、無意識のうちに「日本のやり方が当たり前」を物差しにしてしまいがちです。違いは「異常」「迷惑」「非常識」と映り、寛容性が育ちにくい。

これは個人の人格の問題ではなく、経験の有無の問題だと思っています。経験がなければ想像も及ばない。これは仕方のないことなのです。


多文化共生社会への不可逆的な移行

ニセコという地域の現実

私が拠点とするニセコは、外国人と日本人が共に働き、暮らす地域です。観光業、宿泊業、飲食業の現場では、外国人スタッフが欠かせない存在になっています。

冬になれば世界中からスキーヤーが集まり、町の言語は半分以上が英語になる。レストランのスタッフ、ホテルの従業員、不動産会社、建設現場──どこに行っても外国人が働いています。経営者自身が外国人という事業所も珍しくありません。

ここは「将来こうなるかもしれない日本」ではなく、「もうそうなっている日本」なのです。

これからの日本で必要な力

少子高齢化、人口減少、人手不足。これらは政治的な議論の余地なく、現実として進行しています。あらゆる現場で外国人材なしには成立しない状況が、すでに生まれています。

そして、この流れは止まりません。むしろ加速します。

だとすれば、これから日本国内で生きていく若い世代は、「海外に行かなくても」、職場で、学校で、地域で、外国人と共に学び、働き、暮らすことになります。これは選択ではなく、所与の条件です。

その時に、「異文化に触れた経験がない」状態でいきなり共生を強いられると、本人もつらいですし、相手の外国人もつらい思いをします。社会全体としても、摩擦が大きくなる。

逆に、若いうちに外の世界を一度でも経験していれば、「違いがあるのは当たり前」「違いがあるからこそ面白い」という基盤ができる。この基盤がある人は、共生社会の中でたくましく、しなやかに生きていけます。

人口が減り、社会の成り立ちが変わっていく日本で、自分らしく、強く生き抜く──そのための一番のスキルは、私は「異文化への寛容さ」だと思っています。そして、この資質は、頭が柔らかい若いうちに種をまかないと、なかなか育ちません。


語学より大事なもの──「言葉が通じない場所で、それでも人と関係を築こうとした経験」

語学力よりも大切な力

特に若い世代には、ぜひ外の世界に出てほしいと思っています。

ここで誤解しないでいただきたいのは、これは「語学を身につけよう」という話ではないということです。

もちろん語学ができれば便利です。でも、本当に大事なのは語学そのものではなく、「言葉が通じない場所で、それでも人と関係を築こうとした経験」のほうです。

16歳の私の英語力は、お世辞にも褒められたものではありませんでした。文法もめちゃくちゃ、語彙も貧弱、発音も自信なし。それでも、ホストファミリーは私を家族として迎えてくれましたし、私もなんとか身振り手振りで自分を伝えようとしました。

通じないなりに、なんとかしようとする。間違えながら、笑いながら、申し訳なさそうにしながら、相手と接点を持とうとする。この粘り強さと柔らかさが、のちのち日本国内でも、外国人と一緒に働き、暮らすときの財産になります。

語学ができても、この経験が乏しい人は、いざ多文化共生の現場に出るとうまくいかないことが多い。逆に、片言でも、この経験を持っている人は、どんな現場でも信頼を得ます。


政府の目標と支援の現状

2033年までに年50万人を海外へ

政府は、2033年までに高校生の短期留学も含め、年50万人を海外に送り出す目標を立てています。多様な人材を育て、日本の国際競争力を高める狙いがあります。

そのために、返済不要の給付型奨学金制度を設け、民間企業から寄付を募って留学生に支給するなどの取り組みが進められています。

制度だけでは人は動かない

しかし、制度や奨学金だけでは人は動きません。大切なのは、「海外経験が、自分の選択肢を広げる」と若者が実感できる環境をつくることではないでしょうか。

記事でも触れられているように、海外留学を経験した若者は、「成長を実感した」「チャレンジ精神が身についた」「コミュニケーション能力が高まった」と回答しています。これらの力は、どんな仕事にも、どんな人生にも活きてきます。

高校生のうちに短期留学を体験した生徒は、その後海外大学を目指す傾向が強まるといいます。まず一歩踏み出すきっかけをつくること。それが、これからの支援に必要なことだと思います。


「コスパ」では測れない価値

若いときの挑戦は、人生全体を豊かにする投資

記事では、「コスパ」「タイパ」が重視される時代だと指摘されています。確かに、海外留学は費用も時間もかかります。即効性のある「成果」が見えにくいかもしれません。

しかし、若いときの挑戦は、人生全体を豊かにする投資です。それは、その後の人生でじわじわと効いてくる”土台”なのです。

短期の留学でも、ホームステイでも、ワーキングホリデーでも、バックパッカーでも構いません。学生時代のひと夏でも、社会人になってからの休暇でも、形は何でもいい。とにかく、自分の五感で外の世界に触れる経験を、人生のどこかで──できれば若いうちに──持ってほしいと思います。

これは大げさではなく、これからの日本で生きていくための、根っこの力になります。


ビザ実務の専門家として伝えたいこと

外国人支援の現場から見える「人生の選択肢」

私は、ビザ申請や在留資格の支援を通じて、多くの外国人の「人生の選択肢」に関わってきました。

ビザや在留資格は、ゴールではありません。それは、その人が日本で新しい人生をスタートさせるための、入口に過ぎないのです。

だからこそ、私は単なる書類作成ではなく、その人の人生や目標を理解し、どうすれば実現できるかを一緒に考える”伴走者”でありたいと思っています。

日本の若者にも「外の世界」を見てほしい

同じように、日本の若者にも「外の世界」を見てほしいと願っています。

海外に出ることで、自分の可能性が広がります。日本では当たり前だったことが、外国では通用しない。その逆もある。そうした経験が、自分を相対化し、より柔軟に、よりたくましく成長させてくれます。


これからの日本に必要なこと

①就活の早期化に歯止めを

就職活動の早期化が、留学のタイミングを奪っている現実があります。企業側にも、長期的な視点で人材を見る姿勢が求められます。海外経験のある人材は、将来的に企業の国際展開を支える存在になるはずです。

②奨学金制度のさらなる拡充

円安とインフレの影響は、制度だけでは完全には埋められません。しかし、経済的な理由で海外への挑戦を諦めざるを得ない若者を減らすために、給付型奨学金のさらなる拡充が必要です。

③「海外経験の価値」を伝える

最も大切なのは、海外経験の価値を、もっと具体的に伝えることです。留学経験者の声、海外で働く日本人の姿、そして外国人と共に働く現場のリアルな事例──それらを通じて、「外の世界を見ること」の意味を伝えていくべきです。


まとめ:「内向き」ではなく「世界とつながる」日本へ

海外留学が10年以上も低迷し続けている一方で、世界中から日本に来る若者が増えている。この対照的な流れの中に、これからの日本社会の課題と可能性があります。

私は、ビザ実務の現場で、外国人の「人生の選択肢」を支える仕事をしています。同時に、日本の若者にも「外の世界」を見てほしいと願っています。

海外に出る日本人も、日本に来る外国人も、どちらも応援できる社会をつくること。それが、これからの日本に必要な姿勢だと信じています。

地域に根ざしながら、世界とつながる支援を。それが、私の目指す”伴走”の形です。

記事URL:
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/海外留学の低迷


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