はじめに:沖縄で始まった「まちなか留学」とは
沖縄で、子どもたちが県内在住の外国人家庭にホームステイをする「まちなか留学」というプログラムが始まりました。
1泊2日の日程で、選考で選ばれた児童生徒31人が、英語でのコミュニケーションや異文化交流を体験するというものです。
このニュースを見て、私は「海外へ行くことが難しくなった今だからこそ、日本国内で異文化を実体験する機会を本格的に増やしていかなければならない」と強く感じました。
私は行政書士になる前、約15年間にわたり海外教育旅行を専門とする旅行会社で営業や支店長として勤務し、海外修学旅行や海外研修の企画・実施・引率に数多く携わってきました。
その経験があるからこそ、子どもたちが実際に海外へ行き、五感で異文化を体験することの教育的価値を深く理解しているつもりです。
そして同時に、現在の社会状況において、すべての子どもたちにそれを提供することがどれほど難しくなっているかも痛感しています。
しかし、海外へ行くことが難しくなったからといって、異文化理解教育を諦める理由にはなりません。
むしろ今だからこそ、日本国内にある多文化共生の現場を「生きた教材」として、子どもたちに実体験の機会を提供していくべきです。
この記事では、なぜ今「日本国内で異文化を体験する教育」が必要なのか、そして沖縄での取り組みがどのような意味を持つのかについて、私の考えをお伝えします。
海外教育旅行の現実:15年で費用は倍増した
私が海外教育旅行に携わり始めた15年以上前、海外修学旅行や海外研修は30万円台で実施できるプログラムが多くありました。
しかし、現在ではその費用が60万円を超えるケースも珍しくないと聞きます。
この背景には、世界的な物価上昇、急激な円安、航空運賃の値上がり、そして燃油サーチャージの高騰があります。
日本国内の賃金上昇が世界的な物価上昇に追いついていない中、海外修学旅行や海外研修に子どもを参加させることは、保護者にとって決して小さな負担ではありません。
私は今でも、できるだけ多くの子どもたちに海外へ行き、実際に異文化を体験してほしいと思っています。
しかし、すべての家庭にそれを求めることが現実的ではなくなりつつあることも、認めなければなりません。
経済的事情は、学ばなくてもよい理由にはならない
ただし、「海外へ行けないから、異文化を知らなくてもいい」とは絶対に思いません。
経済的な事情や社会情勢は、子どもたちが異なる文化や価値観を学ばなくてもよい理由には一切ならないと考えます。
むしろ、海外へ行くハードルが高くなった今だからこそ、私たち大人が工夫して、できるだけ多くの子どもたちに異文化を「実体験」する機会を提供する必要があります。
現在、日本で暮らす外国人は400万人を超えています。日本社会はすでに多文化社会へと変化しています。
であるならば、異文化理解教育を「海外へ行くこと」だけに限定する必要はありません。
日本国内に存在する多様な文化や人々との共生を「生きた教材」として教育に生かしていく。その発想が、これからますます重要になると思います。
YouTubeで見る世界と、五感で感じる世界は全く違う
今はインターネットやYouTubeがあります。スマートフォン一つあれば、日本にいながら世界中の情報を得ることができます。
世界各国の街並みを見ることも、その国で暮らす人の話を聞くことも、外国の学校や家庭の様子を知ることもできます。
私が海外教育旅行に携わり始めた頃と比べれば、世界について得られる情報量は比較にならないほど増えました。
しかし、手のひらの画面を通して見る世界と、実際にその場所に立ち、自分の身体で感じる世界は、全く違います。
画面から伝わってくるものは、基本的には視覚と聴覚です。
しかし、実体験にはそれ以外の感覚があります。
その土地に降り立った瞬間の空気や匂い。気温や湿度。街の喧騒。初めて触れるものの感触。市場やレストランから漂ってくる香り。そして、その土地で食べる料理の味。
視覚、聴覚だけではなく、嗅覚、触覚、味覚を含めた「五感」で文化を感じることができます。
さらに、人と直接向き合えば、画面からは伝わらないものがあります。
言葉がうまく通じない戸惑い、表情や身振りから相手の気持ちを理解しようとする経験、自分の常識が相手には常識ではないことに気づく瞬間。そして、最初は「外国人」「違う文化の人」と考えていた相手と笑い合い、同じ人間なのだと実感する瞬間。
こうしたものは、動画を見るだけではなかなか得ることのできない経験です。
むしろ、誰もがインターネットやYouTubeを通じて世界中の情報を二次情報として得られる時代になったからこそ、私は「一次体験」の価値が以前にも増して高まっていると思います。
沖縄が持つ多文化共生の歴史と現在
沖縄は1972年に日本へ復帰しました。
私が生まれた年まで、沖縄はアメリカの施政権下にありました。そして現在も、その歴史的・社会的背景から、多くの外国人が地域社会の中で暮らしています。
もちろん、そこにはさまざまな課題があります。事件や事故、基地をめぐる問題などが繰り返し報道されてきたことも事実です。
そのため、沖縄を単純な「多文化共生の成功例」として美化することは適切ではないでしょう。
しかし一方で、沖縄では日本への復帰から50年以上にわたり、異なる文化的背景を持つ人々が同じ地域社会の中で暮らしてきました。
多文化共生とは、すべての問題が解決された状態を意味するものではないと思います。
異なる文化や価値観を持つ人々が暮らせば、時には摩擦も起こります。それでも、お互いの違いを認識しながら、同じ地域社会の中で共に生きていく。
その長い経験そのものが、これから多文化共生社会へ向かっていく日本にとって、一つの重要なモデルになるのではないでしょうか。
日本国内で異文化を「実体験」する意味
海外留学や海外研修には、どうしても経済的、時間的なハードルがあります。
しかし、日本国内にも異なる言語、文化、歴史的背景を持つ人々と出会い、交流し、自分たちとは異なる価値観について考えることのできる場所があります。
そして大切なのは、単に「外国について勉強する」ことではありません。
実際にその場所へ行く。人に会う。一緒に話す。一緒に食べる。その土地の匂いを感じる。自分とは違う文化や生活を目の前にして、驚いたり、戸惑ったり、面白いと感じたりする。
つまり、五感を使って異文化を体験することです。
海外へ行くことだけが、グローバル教育ではありません。
しかし同時に、YouTubeで外国を見ることだけでも、グローバル教育とは言えないでしょう。
「知っている」ことと「体験した」ことの間には、大きな違いがあります。
身近なところに存在する「違い」に気づき、自分とは異なる背景を持つ人について知ろうとすること。そして、できるだけ実際に会い、話し、同じ時間や空間を共有すること。
それこそが、異文化理解、そして他者理解の第一歩です。
全国の子どもたちに広がる可能性
現在、この沖縄での取り組みは主として沖縄の子どもたちを対象としているようですが、将来的には全国の子どもたちにも広がっていくことを期待しています。
もちろん、受け入れ人数や現地の運営体制、費用など、現実的な課題はあるでしょう。
それでも、全国の子どもたちが沖縄を訪れ、その歴史と現在を知り、異なる文化的背景を持つ人々と実際に交流する機会をつくることには、大きな教育的価値があります。
その最初の一歩のハードルを下げることができれば、より多くの子どもたちが異文化に触れ、多様な価値観を自然に受け入れる経験を持つことができます。
これから日本が必要とする力とは
これから日本が本格的な多文化共生社会へ向かっていくのであれば、必要なのは外国についての「知識」だけではありません。
異なる文化や価値観を持つ人と共に暮らしていく感覚。自分とは違う立場にいる人を想像する力。違いを排除するのではなく、まず知ろうとする姿勢。そして、相手を尊重する思いやりと寛容性です。
グローバルな感覚とは、海外へ行った回数や外国語を話せるかどうかだけで決まるものではないと思います。
自分とは違う人を知ろうとすること。
違いを恐れず、まず相手を理解しようとすること。
そして、違いがあっても共に生きていこうとすること。
インターネットで世界中とつながることができる時代だからこそ、画面を閉じて、人と直接向き合う経験には価値があります。
おわりに:日本国内で異文化を体験する教育の可能性
海外に行くことが難しくなったからといって、内向きになってはいけない。
むしろ、海外へ行くことのハードルが上がった今だからこそ、「では、日本国内で何ができるのか」を真剣に考える必要があります。
他者と共に生きる力、思いやり、寛容性、そして優しさ。
そうした力を持つ子どもたちを日本社会に増やしていくためにも、「日本国内で異文化を実体験する」という教育の可能性を、もっと広げていってほしいと思います。
そして、この沖縄で始まった取り組みが、いつの日か沖縄の子どもたちだけではなく、日本全国の子どもたちに開かれた学びへと発展していくことを願っています。
【参考記事URL】
https://news.yahoo.co.jp/articles/0afec0b3ebd235372ca5555a0d5362e683abdfc0
