外国人の脱退一時金制度が見直しへ
企業が知っておくべき年金制度の変更点とリスクとは?
2025年、年金制度改革法の成立により、「外国人労働者の脱退一時金制度」が大きく見直されることとなりました。
この改正は、外国人雇用に関わるすべての企業、人事担当者、経営者にとって、決して見過ごすことのできない重要な変化です。
なぜなら、制度の理解を誤ることで、企業にとって将来的なコスト増、信頼低下、さらには社会的責任への問われ方にまで波及する可能性があるからです。
本稿では、改正の背景とポイントを整理し、企業が今後どのような姿勢で臨むべきか、行政書士としての視点からわかりやすく解説いたします。
脱退一時金制度とは何か?
「脱退一時金」とは、外国人労働者が日本の厚生年金に一定期間加入した後に日本を離れる場合、納付した保険料の一部を一時金として受け取れる制度です。
短期滞在の外国人にとっては「納め損」を避ける合理的な仕組みであり、制度趣旨自体は、きわめて公平性を重視したものでした。
実際、日本で数年働き、本国に帰国する外国人労働者にとって、将来年金を受け取る可能性が低い中で、この制度が生活再建の一助となっていたことは否定できません。
長年放置されてきた“抜け穴”の存在
しかし、制度設計には致命的な抜け穴がありました。
本来「永続的な出国者」が対象であるべきこの制度が、「一時的な出国」でも申請でき、再入国許可を保持したままでも受給が可能だったのです。
これにより、実質的に脱退一時金を「何度でも」受け取ることが可能な状態となり、一部では退職金代わり、あるいは資金調達の手段として悪用されるケースも見られました。
制度本来の趣旨を大きく逸脱した運用が横行し、これが長年の課題として指摘されてきたのです。
拡大する「無年金予備軍」のリスク
さらに深刻なのが、脱退一時金を受け取った外国人が将来、年金を受け取れない「無年金予備軍」となる点です。
この問題は、個人の老後不安にとどまらず、将来的な生活保護受給者の増加という形で、社会全体に影響を及ぼす可能性があります。
実際、過去10年で約72万件の脱退一時金が支給され、そのうちおよそ4分の1は再入国者とされています。
このままの状態が続けば、日本で再び暮らす高齢外国人が無年金状態となり、地方自治体を中心とした生活支援体制に深刻な負担を及ぼしかねません。
一人あたり年間100万円の生活保護費が必要と仮定しても、その総額は数千億円に達するおそれがあります。
改正の要点:「再入国者」への支給停止
こうした背景を受け、2025年の制度改正では「再入国許可を受けた者には脱退一時金を支給しない」との明文化がなされました。
これにより、明確な歯止めがかかることが期待されます。
しかし、すでに支給を受けた者への対応、再入国後の生活設計支援との連携など、制度間の「谷間」に位置する課題は依然として解決されておらず、今後の議論と制度整備が待たれます。
企業に求められる新たな姿勢
外国人雇用を行う企業にとって、この改正は単なる制度変更にとどまらず、「雇用者としての責任と覚悟」が問われる転換点となります。
これからの企業には、以下のような対応が求められます:
- 年金制度の基本を外国人従業員に説明し、誤解を防ぐこと
- 出国手続き時の制度案内と適正な対応の徹底
- 不適切な誘導や退職勧奨を防ぐ社内ルールの整備
雇用とは、人材確保の手段ではなく、「人生の一時を預かる契約」でもあります。
国籍にかかわらず、働く人々が将来への見通しを持てる体制づくりこそが、持続可能な雇用の土台となるのです。
最後に|「制度を知る」ことは企業を守る最良の防御策
今回の脱退一時金制度の見直しは、外国人労働者をめぐる日本社会の制度的未整備を浮き彫りにしました。
それは同時に、企業にとっての「自社と社会の未来をどう守るか」を考える重要な機会でもあります。
制度を正しく理解し、適正に運用すること。
そして、外国人労働者とともに将来を描ける雇用環境を築いていくこと。
このふたつを誠実に実行する企業こそが、社会的信頼を得て、これからの多文化共生社会をけん引していく存在となるはずです。