はじめに
2026年7月1日、オーストラリア政府は留学を希望する外国人のビザ申請料金を2500豪ドル(約28万円)に引き上げました。この金額は、わずか2年間で3.5倍という急激な上昇であり、世界でも最高水準の留学ビザ申請料となっています。背景には深刻な住宅不足があり、移民受け入れを抑制する政策の一環として実施されたものです。
このニュースは、一見すると遠い国の出来事のように思えるかもしれません。しかし、日本で外国人の在留資格申請に携わる行政書士として、また、かつて留学支援の業界に身を置いていた者として、私はこの動きを決して他人事とは思えませんでした。
この記事では、オーストラリアの留学ビザ値上げの背景を整理しながら、日本の在留資格政策が今後どのような方向に向かう可能性があるのか、そして外国人を雇用する企業や、日本で暮らす外国人の方々にとって何が重要になるのかを考えていきます。
オーストラリアの留学ビザ引き上げの背景
深刻な住宅不足と移民抑制政策
オーストラリアでは近年、都市部を中心に住宅不足が深刻化しています。人口増加に住宅供給が追いつかず、家賃の高騰や住宅購入の困難さが社会問題となっています。こうした中、移民や留学生の流入が住宅需要を押し上げているとの指摘があり、政府は移民受け入れの抑制に舵を切りました。
留学ビザの申請料引き上げは、その具体的な施策のひとつです。高額な申請料を課すことで、留学希望者を経済的にふるいにかけ、結果として留学生数を抑制する狙いがあります。
世界最高水準となった申請料
今回の引き上げにより、オーストラリアの留学ビザ申請料は世界最高水準となりました。比較として、日本の在留資格認定証明書交付申請は無料(ただし収入印紙代などは別途必要)、在留期間更新許可申請は6,000円、在留資格変更許可申請も6,000円です。今年10月に引き上げられたとはいえ、オーストラリアとは桁が違います。
この金額差は、単に制度設計の違いだけでなく、各国が抱える社会的背景や政策意図の違いを反映しています。
私が留学支援業界で見てきたもの
若者の成長を目の当たりにした現場
私は行政書士になる前、約15年間、留学や教育旅行をメインに扱う旅行会社で働いていました。中学生や高校生を中心に、海外で学びたいという若者たちを数多くサポートしてきました。
オーストラリアは、そうした若者たちにとって非常に人気のある留学先でした。治安が良く、多文化社会が根付いており、外国人にも優しい。そして教育制度も充実している。こうした環境の中で、3ヶ月、あるいは1年にわたって学ぶ経験は、彼らを大きく成長させました。
帰国した生徒たちは、まるで別人のように変わっていました。英語力の向上はもちろんですが、それ以上に、自立心、異文化理解、多様性への寛容さ、そして自分で考え行動する力が格段に高まっていました。日本国内で過ごす1年とは、明らかに異なる成長スピードとレベルでした。
留学が持つ教育的意義
留学は、単なる語学学習の場ではありません。異なる価値観に触れ、自分の常識が通用しない環境で生活することで、若者は深い学びを得ます。それは、今後ますますグローバル化が進む社会で生きていく上で、非常に重要な経験です。
だからこそ、私は今でも、日本の若者にはできるだけ長期の留学を経験してほしいと思っていますし、自分の子どもにもそうした機会を与えたいと考えています。
日本の在留資格制度の現状
在留手数料の引き上げ
日本でも2026年10月、在留資格に関する手数料が引き上げが決まっています。これは、オーストラリアのような移民抑制を目的としたものではなく、行政コストの適正化や制度維持のための措置とされています。
しかし、今後日本が少子高齢化によって人口減少が進み、外国人材への依存度がさらに高まる一方で、社会インフラへの負担も増大していくことを考えると、将来的にはより踏み込んだ制度見直しが行われる可能性は十分にあります。
外国人材受け入れの拡大と課題
日本はこの10年余りで、外国人材の受け入れを急速に拡大してきました。特定技能制度の創設、留学生の就労制限緩和、技能実習制度の見直し、家族滞在者の就労許可範囲拡大など、受け入れの間口は確実に広がっています。
一方で、受け入れが進むにつれて、住宅、医療、教育、言語対応、地域社会との共生など、さまざまな課題も顕在化しています。これらは、オーストラリアが直面している問題と本質的には同じです。
日本が学ぶべき点と今後の制度設計
一律規制ではなく、メリハリのある制度運用を
オーストラリアのように一律に申請料を引き上げることは、確かに移民抑制の手段としては即効性があります。しかし、それは同時に、本来受け入れるべき優秀な人材や、真に学びを求める若者までも遠ざけるリスクをはらんでいます。
日本がこれから目指すべきは、受け入れる外国人の「質」と「目的」を見極めた制度設計です。例えば、以下のような考え方が考えられます。
- 正規の大学留学生や中高生の教育留学には、ビザ取得を容易にし、費用面でも配慮する
- 高度人材や専門職には、優遇措置を設け、家族帯同もしやすくする
- 特定技能や技能実習など、労働力としての受け入れについては、受け入れ企業の責任を明確化し、適正な雇用環境を確保する
- 不正利用や制度の隙間を突く申請に対しては、審査を厳格化し、必要に応じてペナルティを科す
こうしたメリハリのある運用によって、日本社会にとってプラスとなる外国人材を歓迎しながら、社会的コストを適切に管理することが可能になります。
制度の透明性と予測可能性
外国人材を受け入れる企業にとって、また、日本で働き暮らす外国人にとって重要なのは、制度の透明性と予測可能性です。
突然のルール変更や、基準の不明瞭さは、企業の採用計画を狂わせ、外国人本人のキャリアプランにも大きな影響を与えます。制度を見直す際には、十分な周知期間を設け、変更の理由や方向性を明確に示すことが不可欠です。
外国人雇用企業が今考えるべきこと
制度変更リスクを見据えた採用計画
今後、日本でも在留資格制度の見直しが進む可能性があることを前提に、外国人材の採用計画を立てることが重要です。
- ビザ申請の手続きや費用が変わる可能性を考慮する
- 特定の在留資格に依存しすぎない、柔軟な採用戦略を持つ
- 長期的に定着してもらうための環境整備(住居、日本語教育、キャリアパスなど)に投資する
行政書士などの専門家との連携
在留資格の手続きは、単なる書類作成ではありません。企業の事業内容、外国人本人の経歴、今後のキャリアプラン、家族構成など、さまざまな要素を総合的に判断して、最適な在留資格を選び、申請書類を組み立てる必要があります。
特に制度が変わりつつある時期には、最新の情報をキャッチアップし、リスクを回避しながら確実に許可を得るために、専門家との連携が不可欠です。
外国人本人が知っておくべきこと
自分の在留資格の内容を正確に理解する
日本で暮らす外国人の方にとって、自分がどの在留資格を持ち、何ができて何ができないのかを正確に理解することは非常に重要です。
- 就労できる範囲
- 在留期間と更新のタイミング
- 転職や転職先の業種による制限
- 家族の呼び寄せの可否
こうした基本的な情報を把握しておかないと、知らないうちに法律違反をしてしまい、在留資格の取消しや更新不許可につながるリスクがあります。
将来の計画と在留資格の整合性
日本での生活が長くなるにつれて、結婚、出産、起業、転職など、ライフステージの変化が訪れます。そのたびに、在留資格の変更や更新が必要になる場合があります。
将来の計画を見据えて、今どのような在留資格を持つべきか、どのようなキャリアを積むべきかを考えることが、安定した日本生活の基盤となります。
行政書士として大切にしたいこと
制度と人生をつなぐ役割
私は行政書士として、在留資格申請に携わる中で、常に意識していることがあります。それは、ビザや在留資格はゴールではなく、その人の人生や目標を実現するためのスタート地点をつくる手段だということです。
依頼者一人ひとりの背景、目標、家族構成、経済状況は異なります。だからこそ、画一的な対応ではなく、個別に最適化した提案が必要です。
受任すべき案件、受任すべきでない案件
良い支援とは、受任することではなく、結果を出せる案件だけを見極めて引き受けることだと考えています。
制度や法律は曲げられません。だからこそ、その枠内でどう実現するかを前向きに考える一方で、明確に不許可リスクが高い案件や、不正が疑われる案件については、誠実にお断りすることも必要です。
依頼者とは一時的な取引相手ではなく、人生や事業の目標に向かう伴走者でありたいと思っています。
まとめ:これからの在留資格政策と私たちの役割
オーストラリアの留学ビザ引き上げは、移民受け入れが社会に与える影響と、それに対する政策的対応の一例です。日本もこれから、同様の課題に直面し、制度の見直しを迫られる可能性は十分にあります。
しかし、大切なのは、一律に規制を強化することではなく、受け入れるべき人材には門戸を開き、不正利用には厳格に対応する、メリハリのある制度設計です。
外国人材を雇用する企業には、制度変更リスクを見据えた柔軟な採用戦略と、専門家との連携が求められます。日本で暮らす外国人の方には、自分の在留資格を正確に理解し、将来の計画と整合性を持たせることが重要です。
そして私たち行政書士は、制度と現実、そして人生をつなぐ役割を担いながら、一人ひとりに寄り添った支援を続けていきます。
今回のニュースをきっかけに、日本の在留資格政策がどこに向かうのか、私たち一人ひとりが考える機会になればと思います。
参考記事 : https://news.yahoo.co.jp/articles/f6fac0ca7450af8491a242eee061387f82359ab6
