2026年7月9日、秋田県由利本荘市の由利高校国際科で、外国語を学ぶ高校生たちが「警察通訳人」の業務を体験する取り組みが行われました。秋田県警察本部が企画したこの「通訳ロールプレイング」は、普段の学びが社会でどのように役立つかを実感してもらい、将来的な警察官採用につなげることを目的としています。
この日、参加した3年生35人は、英語や中国語を使って、交番を訪れた外国人への道案内や、交通事故を起こした外国人からの届け出対応などをシミュレーション。実際の現場を想定したリアルな体験を通じて、語学が持つ実践的な価値を肌で感じる機会となりました。
警察通訳人とは? — その役割と重要性
警察通訳人とは、警察業務において外国人と日本人との間に入り、通訳・翻訳を行う専門職です。秋田県警察本部には約30人が在籍しており、取り調べの際の通訳、証拠書類の翻訳、外国人被疑者・被害者への説明など、多岐にわたる業務を担っています。
日本で暮らす外国人の数は年々増加しており、観光客も含めれば、その数は膨大です。言語や文化の壁を越えて、公正かつ正確なコミュニケーションを支える通訳人の存在は、法の下の平等を保障するうえで欠かせません。
高校生にとってのキャリア教育としての意義
今回の取り組みで特筆すべきは、高校生という早い段階で「警察通訳人」という職業の存在を知る機会を提供した点です。
多くの高校生にとって、外国語学習は大学受験のための科目、あるいは漠然とした国際交流のツールという認識にとどまりがちです。しかし今回の体験を通じて、「外国語は社会で人を助ける手段であり、職業として対価を得られるスキルである」という具体的なイメージを持つことができました。
参加した生徒からは、
- 「警察官に英語を翻訳する役割として勤務できることを知り、楽しそうだと思った。進路の幅が広がった」
- 「難しい表現を使おうとして言葉が出ないことが多かった。警察は普段から外国人の対応をしていてすごいと思った」
といった声が上がっています。
これは単なる職業紹介にとどまらず、学びの意味を再発見する機会となったことを示しています。
Z世代が求める「実学」と「目的の明確化」
昨今の若者世代、いわゆるZ世代やそれ以降の世代は、コストパフォーマンス(コスパ)やタイムパフォーマンス(タイパ)を非常に重視する傾向があります。
「この勉強は将来どう役立つのか?」
「なぜ今これを学ぶ必要があるのか?」
こうした問いに対して明確な答えを求める彼らにとって、今回のような「学びと実社会の接続」を体験できる機会は極めて価値があります。
学習のモチベーションを維持するためには、目的の明確化が不可欠です。そしてその目的が、自分の将来の生活や収入、社会貢献といった具体的なイメージと結びついたとき、学びは飛躍的に深まります。
語学力だけでは足りない — 異文化理解と教養の重要性
一方で、警察通訳人という職業の本質を考えたとき、単に「英語が話せる」「中国語ができる」というだけでは不十分であることも忘れてはなりません。
警察通訳人が扱うのは、しばしば外国人の人生を左右する重大な場面です。取り調べ、事故対応、被害届、逮捕、起訴——これらすべてにおいて、一語一語の翻訳が法的判断に影響を及ぼす可能性があります。
求められるのは、以下のような能力です。
1. 異文化への理解と寛容性
相手国の文化、価値観、習慣を理解していなければ、言葉を正確に訳すことはできません。たとえば、日本では当たり前とされる「謝罪」が、他の文化では「罪の自白」と受け取られる場合もあります。
2. 日本の法制度・社会制度への深い理解
外国人に対して日本の制度をわかりやすく説明するには、まず通訳者自身がその制度を正しく理解している必要があります。
3. 幅広い教養と柔軟な表現力
直訳では意味が通じない場合、適切に意訳し、相手にとって理解しやすい表現を選ぶ力が求められます。これには、語学力だけでなく、幅広い知識と人間性が必要です。
英語のスコアや資格だけでは測れない力
今の日本の教育現場では、どうしても「英検◯級」「TOEIC◯点」といった数値的な評価が重視されがちです。もちろん、それらは語学力を測る一つの指標として有用ですが、実際の現場で求められるのは、それだけではありません。
特に通訳という仕事においては、
- 相手の背景を推察する力
- 文化的な文脈を読み取る力
- 相手の感情に寄り添いながらも、客観的に言葉を伝える力
といった、人間としての総合力が問われます。
したがって、警察通訳人を目指す若者、あるいはこうした国際的な仕事に関心を持つ高校生には、語学学習だけでなく、以下のような経験を積むことが重要です。
- 異なる文化圏の人々と実際に交流する機会
- 海外のニュースや文学、映画などに触れる習慣
- 歴史、哲学、法律、社会学など、幅広い分野への関心
- 自分とは異なる価値観を尊重し、受け入れる姿勢
在日外国人とその家族、雇用企業にとっての意味
この取り組みは、在日外国人やその家族、そして外国人を雇用する企業にとっても無関係ではありません。
日本で暮らす外国人の多くは、言葉の壁、文化の違い、制度の複雑さに直面しています。ビザ申請、在留資格の更新、職場でのトラブル、医療機関での受診、子どもの教育——あらゆる場面で「正確に理解し、正確に伝える」ことが求められます。
そのとき、単に言葉が通じるだけでなく、文化的背景を理解し、共感を持って対応してくれる専門家の存在がどれほど心強いか。それは、当事者の方々が最もよくご存じのことでしょう。
また、企業の人事担当者や経営者の立場からも、外国人社員とのコミュニケーションにおいて、語学力だけでなく「文化理解力」を持った人材の重要性は日々実感されているはずです。
今後の展開と期待 — もっと広く、深く、世界へ
秋田県警察本部は、2026年も由利高校を含む3校でこの取り組みを実施する予定です。
こうした取り組みが全国に広がり、さらには次のようなステップへと発展していくことを期待します。
- 多言語対応の拡充 — 英語・中国語以外にも、ベトナム語、ネパール語、タガログ語など、在日外国人コミュニティの実態に即した言語への対応
- 異文化理解プログラムの併設 — 単なる語学体験にとどまらず、文化や価値観の違いについて学ぶワークショップの実施
- 実務者との継続的な交流 — 現役の警察通訳人や行政書士、多文化共生コーディネーターなどとの対話機会の提供
- キャリアパスの可視化 — 警察通訳人以外にも、医療通訳、司法通訳、企業内通訳など、多様な進路の紹介
まとめ — 語学の先にある「人」を見つめて
秋田県警察本部が実施した「警察通訳人体験」は、高校生にとって非常に有意義なキャリア教育の機会でした。
語学を「試験科目」から「社会で役立つ道具」へと意識転換させ、将来の職業選択の幅を広げるという点で、この取り組みは高く評価できます。
しかし同時に、警察通訳人という職業の本質——外国人の人生を左右する重大な責任、異文化理解の必要性、幅広い教養と人間性の重要性——についても、しっかりと伝えていく必要があります。
語学はあくまで「手段」であり、その先にあるのは「人」です。
在日外国人の方々が安心して暮らせる社会、多様な文化が尊重される職場、そして誰もが公正に扱われる法の下の平等——それらを実現するために、語学力と人間力を兼ね備えた人材の育成が、今こそ求められています。
若い世代には、ぜひ広く世界に目を向け、多様な価値観に触れ、そして「人と人をつなぐ力」を磨いていってほしいと願います。
参考記事:
https://news.yahoo.co.jp/articles/2b66c51d2c9e9c46831de2f9445e3e5d0c4689de
