2026年8月16日、オーストラリアのバーク内相が、ワーキングホリデービザの発給を制限する方針を明らかにしました。

この発表は、極右政党の台頭と移民政策の抜本的見直しという、世界的な潮流の中で起きたものです。

ワーキングホリデーといえばオーストラリア――そう言っても過言ではないほど、長い間、日本の若者にとって海外で働きながら暮らすことのできる代表的な選択肢でした。

30年、40年前から、オーストラリアは「英語を学び、仕事をし、自分の力で生活する」という経験を積む場として、多くの若者に選ばれてきました。

その門戸が狭まろうとしている今、ビザ申請や在留資格に携わる専門家として、そして日本に暮らす外国人と、外国人を雇用する企業を支援する立場として、私はこのニュースに強い危機感を覚えています。

◆ ワーキングホリデーとは何か――「働く」ことに本質がある

ワーキングホリデーは、単なる海外旅行でも語学留学でもありません。

その最大の特徴は、「働くことができる」という点にあります。

現地で仕事を探し、履歴書を書き、面接を受け、採用されて、初めて働き始める。

言葉が十分に通じない中で、指示を理解し、同僚とコミュニケーションを取り、ミスをしながら学んでいく。

給料をもらい、その中でやりくりして生活する。

こうした一連の経験が、若者にとって非常に大きな学びとなります。

留学とはまた違った厳しさがあります。なぜなら、留学は「学ぶ側」としての立場が保証されていますが、ワーキングホリデーでは、自分が「労働力の一部」として評価される現実に直面するからです。

そこには、理不尽だと感じる出来事もあれば、思うようにいかない挫折も含まれています。

しかしその体験こそが、世界には自分とは違う考え方をする人がいること、自分もまた多くの人との関係の中で生きていることを、実感として理解する機会となるのです。

◆ 「外国人になる経験」がもたらすもの

もうひとつ、ワーキングホリデーには非常に重要な意味があります。

それは、自分自身が「外国人」になる経験です。

日本では当たり前だったことが通用しない。

役所での手続きが分からない。

制度の説明を読んでも理解できない。

仕事の探し方が分からず、どこに相談すればいいかも分からない。

こうした不安と孤独の中で生きる経験は、後に自国で外国人を見たときの視点を根本的に変えます。

日本に来た外国人が、役所の窓口で困っている姿を見たとき。

職場で、指示の意味が理解できずに戸惑っている姿を見たとき。

「外国人として生きた経験」のある人は、その不安を単なる想像ではなく、自分自身の記憶として共感できるのです。

これは、多文化共生社会をつくる上で、極めて重要な土台だと私は考えています。

企業が外国人を雇用する際にも、こうした視点を持つ人材がいるかどうかは、職場の受け入れ体制や定着率に大きく影響します。

◆ オーストラリアが制限に踏み切った背景

今回の制限の背景には、極右政党の台頭と、移民受け入れに対する国民の不安の高まりがあります。

住宅不足、物価高、雇用の不安定化、社会保障費の増大。

こうした問題が深刻化する中で、政府は「外国人を減らすべきだ」という世論に応える形で、移民政策を見直さざるを得なくなっています。

実際、2026年6月末時点でのワーキングホリデー滞在者は、過去最多の約22万6000人に達していました。

また、オーストラリアの最低時給は日本円換算で約3000円と高く、日本を含む多くの国から若者が押し寄せる要因となっていました。

ビザ申請料も7月に25%引き上げられ、現在840豪ドル(約9万5000円)となっています。

今後、日本を含む19カ国・地域に対して、受け入れ人数の上限が設けられる可能性があります。

各国には各国の事情があります。

自国民の生活と安全を守ることは、政府の最優先の責務です。

その点において、今回のオーストラリアの判断を一概に批判することはできません。

◆ しかし「自国第一」の先に何があるのか

ここで私たちが考えなければならないのは、こうした「自国第一」の流れが世界中で同時進行していることの意味です。

現代の世界経済は、30年、40年前とは比較にならないほどグローバル化しています。

食料、エネルギー、原材料、製品、物流、IT、金融――私たちが毎日享受している生活は、すべて世界中の国や人々とのつながりで成り立っています。

つまり、もはや「自国だけで完結できる国」など、ほとんど存在しないのです。

外国人の受け入れを減らせば、短期的には住宅問題や雇用不安が多少緩和されるかもしれません。

しかし、10年、20年、30年という長い時間軸で見たとき、それによって失われるものがあります。

それは、「その国を理解し、その国を好きになり、その国と将来も関係を持ち続ける人たち」です。

ワーキングホリデーで1年間その国で暮らした若者は、帰国後にその国と仕事をするかもしれません。

その国の製品を輸入するビジネスを始めるかもしれません。

外国人を雇用する立場になったとき、その国出身の人材を積極的に採用するかもしれません。

自分の子どもに、その国への留学を勧めるかもしれません。

若いときのたった1年間の経験が、その後30年、40年にわたる国際的なつながりの原点になることは、決して珍しくありません。

国と国との関係は、政府間の外交だけでつくられるものではありません。

実際にその国で暮らし、働き、友人をつくり、その国を好きになった何万人、何十万人という普通の人たちの経験によって支えられているのです。

◆ 日本の外国人政策も同じ道を歩むのか

そして今、私が最も懸念しているのは、日本もまた同じ方向へ向かおうとしているのではないか、という点です。

現在、日本でも外国人政策を厳格化する議論が進んでいます。

不法滞在の取り締まり強化、技能実習制度の見直し、在留資格の審査厳格化など、さまざまな施策が検討されています。

ビザ申請や在留資格に携わる専門家として、私は「ルールを守らない人への対応を厳しくすること」そのものには賛成です。

不正な手段で在留資格を得ようとする行為、制度を悪用する仲介業者や雇用主に対しては、毅然とした対応が必要です。

しかし、問題は「何のために、どこを厳しくするのか」です。

不正を防ぐための制度整備と、外国人との交流そのものを縮小することは、まったく別の問題です。

社会に不安や不満が広がったとき、「外国人に厳しくする」という政策は、非常に分かりやすく、国民の支持を得やすいテーマになります。

だからこそ、政府には短期的な人気や支持率ではなく、10年後、20年後、30年後の日本にとって何が必要なのかという視点を持ってほしいと思います。

◆ 人口減少社会における外国人政策の意味

日本の人口は減少を続けています。

労働力不足は、すでに多くの産業で深刻な課題となっており、外国人材の受け入れは、もはや選択肢ではなく必須の政策となりつつあります。

企業の経営者や人事担当者の方々も、現場で日々その現実に直面しているはずです。

建設業、介護、農業、製造業、飲食業、物流――あらゆる分野で、外国人なしには事業の継続が困難になっています。

そうした中で、日本が世界との人材交流を縮小し、外国人に対して閉鎖的な姿勢を強めることが、本当に国益にかなうのでしょうか。

私には、そうは思えません。

むしろ必要なのは、守るべきルールはしっかり守りながら、人材交流や文化交流は積極的に維持するという、冷静でバランスの取れた政策ではないでしょうか。

◆ 若者が国境を越える機会を閉ざしてはいけない

ワーキングホリデーという制度を、単なる若者向けの長期旅行制度として軽視してはいけません。

それは、未来の国際関係を支える「人と人とのつながり」を育てる、非常に重要な仕組みなのです。

若い時代に海外で働いた経験のある人は、帰国後も国際的な視野を持ち続けます。

外国人を採用する際にも、偏見なく、対等な立場で接することができます。

ビジネスにおいても、異文化への理解と柔軟な対応力を発揮します。

そして、そうした人材が増えることは、日本全体の国際競争力を高めることにつながります。

世界が不安定になり、各国が内向きになっている今だからこそ、そのつながりを簡単に切ってはいけないのです。

◆ まとめ――20年後、30年後にどのような国でありたいのか

今回のオーストラリアのニュースは、日本にとっても他人事ではありません。

むしろ、これは日本の未来を考えるための重要なきっかけです。

自国を守ることと、世界に対して国を閉ざすことは、まったく違います。

そして日本もまた、世界各国の「自国第一」の流れに安易に追随するのではなく、外国人との共生、若者の国際交流、そして世界とのつながりを、長期的な視点から冷静に考えていく必要があります。

私たちビザ申請・在留資格の専門家は、これからも在日外国人の方々、そして外国人を雇用する企業の皆さまを、専門知識と経験でしっかりとサポートしてまいります。

同時に、政策や社会の動きに対しても、専門家としての視点から、冷静で建設的な意見を発信し続けたいと考えています。

目先の利益ではなく、20年後、30年後にどのような国でありたいのか。

その問いに、私たち一人ひとりが真剣に向き合うべき時期に来ています。

参考記事:
https://news.yahoo.co.jp/articles/1cb6edc9f45b14a1f31de57df25469e6a26ce447